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終末論の誘惑 中野信子「脳と美意識」

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※本連載は第14回です。最初から読む方はこちら。

 どこか終末を思わせるような、タルコフスキーの映画が好きで、ときどき時間のある夜に見返している。静謐ながら不穏な予感を湛える映像美にまず圧倒されてしまう。まさに「映像の詩人」と呼ばれるのにふさわしい。非言語的なメッセージを無意識層に送り込もうと企図しているかのような、『ノスタルジア』、『サクリファイス』等の作品における、象徴性を持った事物を効果的に配した構成も、見る毎に脳内に響いてくるようで、えもいわれぬ中毒的な甘美さがある。

 私たちは「終わり」のイメージが好きなのだな、と思う。

 大きな事件があるごとに、私たち人間は、もう終わりだ、いよいよこれでおしまいだ、終末が到来したと騒ぐ。また、単なる数字遊びや、偶然の一致などをことさら取り上げて、〇〇年に人類は終わりを迎える、などと断じる言説も定期的に登場して話題になる。本当かどうかなど誰にも分からない、反証することの不可能な論だけれど、人々はこうした言説が本当に好きだ。むしろ偏愛しているといっていいかもしれない。

 近年ではオカルトめいたものならマヤ暦のカレンダーが2012年に終わると話題になり、それ以前の大きな流行では1999年の7の月に人類が滅亡するという説が広く多くの人の口の端に上った。出版界の人々も、これでかなりうるおったのではないか。

 実際の大事件や災害を契機に起こった言説であれば、枚挙にいとまがない。1986年のチェルノブイリ原発事故、1995年の阪神大震災、同年の地下鉄サリン事件、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件、2011年3月11日の東日本大震災、そして今回の新型ウイルスのパンデミックだ。

 こうした大きな事件があるごとに、終わりだ、滅亡だ、アフター〇〇の世界は、と、専門家ではないにもかかわらずいわゆる「意識の高い人」が、どこかで聞いたことのある話をコラージュにして、あたかも自分のオリジナルの思想であるかのように飽きもせずまとめあげるその労力の掛け方は、むしろ見ていて感心してしまうほどだ。もちろん日本だけに限った話ではない。単にビジネスとして割り切って、ここが売り時だとばかりに注力しているのであればそれはそれでパワフルですごいと思う。しかし、意外にも本気で、自分がここで立ち上がらなければ国家や世界が破滅する、と信じ切って熱心にSNSなどで発信し続ける人には恐れ入る。多少絡みはあるのかもしれないが、特に政府の人間でもなんでもない人がである。絡みがあるならそのルートで伝えれば十分だろうと思うが、SNSをわざわざ使うのがまた面白いところではないだろうか。

 あまり斜めから見るばかりでも食傷してしまうだろうからもうすこしまともな例を挙げれば、やはり多くの人を魅了したフランシス・フクヤマの提唱した「終わり」の概念を取り上げるべきだろうか。考察そのものも興味深く刺激的であったけれど、終わり、というタームそのものの持つ魔力が人々に響いた側面にも着目した方が良いかもしれない。「新しいパラダイムの始まり」としてももちろん意味としてそう間違ってはいないわけだけれど、人々は新世紀の始まりよりもずっと、世紀末の方が好きなのだ。

 ともあれ、黙示録や千年王国、末法思想を例に挙げるまでもなく、人間は永遠に続く安穏とした何事もない平和な時代よりも、何らかの大事件をきっかけとした終末の方をなぜか好む。小説でも、映画でも、アートでも、漫画でも、アニメでも、ゲームでも何でもよいが、終末を題材とした作品がどのくらいあるのか、どれほど昔からそういった作品が作られ続けているのか、調べてみれば面白いだろう。

 少なくとも私たちは2000年以上は、終末を冀(こいねが)っている。けれど、今回もまた私たちは生き延び、終わりのない世界を生き続けることになるだろう。あたかも不死の体を毎夜、猛禽についばまれる責め苦を負ったプロメテウスが、頭の片隅では甘美な死を願いながらも、生きながらえてしまうようなものかもしれない。

(連載第14回)

■中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者。東日本国際大学特任教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。17年、著書『サイコパス』(文春新書)がベストセラーに。他の著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)など。※この連載は隔週土曜日に配信します。
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