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佐藤優のベストセラーで読む日本の近現代史 『トロツキズム』 川上徹・山科三郎編

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日本共産党を分析するための最良の資料

1991年12月のソ連崩壊によってフランス、イタリアなど欧米先進資本主義国の共産党は崩壊してしまった。対して日本共産党は、現在も国会に議席を有する国政のプレイヤーとして機能している。日本共産党の強さを分析する上で、本書は最良の資料だ。

1980年代半ばまで、日本のマルクス主義陣営は、社会党左派(労農派マルクス主義)、日本共産党、新左翼の3つに分かれて切磋琢磨していた。新左翼のことを警察は「極左暴力集団」「過激派」、日本共産党は「トロツキスト」「ニセ左翼暴力集団」と呼称する。トロツキストと言うと、一般にはロシア革命の立役者で、スターリンと対立し、亡命を余儀なくされ、メキシコで(スターリンによって放たれた刺客に)暗殺されたレフ・トロツキー(1879~1940年)の信奉者を指す。新左翼にはトロツキーに批判的な人々も少なからずいるが、日本共産党はこれらの人々も含めてトロツキストとの烙印を押す。本書で展開されているトロツキスト批判を分析することで、日本共産党の特徴が浮き彫りになる。

本書の初版は1968年2月に刊行された。評者の手許にあるのは69年1月に刊行された第八版だ。これだけでも本書が当時、ベストセラーだったことがわかる。本書の執筆には、編集にあたった川上徹氏(1940~2015年)、山科三郎氏(1933年~)以外に高山忍氏、愛住東和氏、堀肇氏ら共産党の理論家があたっている。

川上氏は、60年に東京大学に入学するとともに日本共産党に入党し、64年から66年まで同党系の全学連(全日本学生自治会総連合)中央執行委員長をつとめた。その後は共産党系の青年組織・民青(日本民主青年同盟)本部に勤務し、学生運動を指導した。1972年、新日和見主義事件と呼ばれる分派活動で査問を受け、失脚し、その後は編集者として活躍した。91年に共産党を除籍になり、97年に陰湿な査問の実態を暴露した『査問』(筑摩書房)を上梓し、話題になった。『査問』で川上氏は、分派形成は事実無根であるとしていたが、2007年に上梓した『素描・一九六〇年代』(大窪一志氏と共著、同時代社)では、分派活動があったことを認めている。新左翼と対峙するうちに川上氏らは急進化していき、共産党の枠組をはみ出すようになったようだ。

評者は作家の宮崎学氏(共産党のゲバルト部隊「あかつき行動隊」隊長として活躍した過去がある)の紹介で川上氏と数回会ったことがある。評者が同志社大学時代に知り合った(対峙した)民青同盟員や共産党員はいずれも肉体派で理論活動とは縁が無いような人たちばかりであったが、川上氏は温厚な理論家で党派的枠組にとらわれず左翼運動の遺産を次世代に継承することを真剣に考えている知識人だった。

日本共産党の存立基盤とは

『トロツキズム』で川上氏らは、反スターリン主義が日本共産党に敵対する反共主義であると強調する。

〈トロツキストは安保闘争のなかで、どのようにふるまい、どのような役割をはたしたか。(中略)「反スターリン主義」のスローガンのもとに、徹底した反共主義者としてふるまい、闘争の「生命」ともいうべき、重要な原則問題ひとつひとつに対して公然たる敵対者として行動した。/安保反対闘争のなかで、日本人民は好むと好まざるとにかかわらず、アメリカ帝国主義と日本独占資本という二つの敵とたたかわざるをえなかった。民主運動の活動家のあいだでは、「安保はなかなかはいりにくい」といわれる状況のなかでも、職場、地域、学園のすみずみで、先進的な人びとを中心に、「安保改定問題」がねばりづよく討議されていった。また、国会における「極東の範囲」をめぐる与野党の論戦のなかからも、多くの人民は、安保条約が危険な日米軍事同盟であることの本質を見抜いていった。また、ハガチー、アイゼンハワー来日反対闘争や、アメリカ大使館へのデモにみずから参加する行動のなかで、真の敵を見破っていったし、かつ、これとたたかったのである。/これは、二つの敵の支配に反対し、解放をかちとる日本人民の革命闘争のなかでもきわめて重大な意義をもっていた。また、安保闘争においては、この闘争が「だれ」との闘争であるかという、決定的に重要な点であった〉

アメリカ帝国主義と日本独占資本の「2つの敵」と闘う路線を今日の日本共産党も踏襲している。社会党左派、新左翼が日本帝国主義を主敵とするのに対し、反米ナショナリズムを強調するところに日本共産党の特徴がある。最近の日本共産党はナショナリズムの矛先を中国と北朝鮮に向けている。いずれにせよイデオロギー化した反米ナショナリズムが日本共産党の存立基盤になっている。日米安保体制と本質的に相容れない体質を共産党は持っている。

さらに暴力について、川上氏らはこう述べる。

〈マルクス・レーニン主義は、かれら(評者註*トロツキスト)のように、暴力そのものを自己目的として考えたり反権威の内面の吐露として考えたりはしない。同時に、それを絶対悪とするような小ブルジョア的倫理から評価したりはしない〉

暴力を絶対悪としないという認識を表明していることが興味深い。

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