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小説「観月 KANGETSU」#78 麻生幾

第78話
スナップ写真(5)

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※本連載は第78 話です。最初から読む方はこちら。

「鑑識に行って、もう一度、疎明資料となるものを探してきます」

 そう言って涼は背筋を伸ばした。

「よし、なら鑑識関係資料のインデックスをこれから作る。リストアップしちきてくれ」

「了解です!」

 鑑識課の部屋に入った涼が、真っ先に探したのは鑑識課員の酒田(さかた)巡査部長の姿だった。

 同年配で酒飲み仲間でもある酒田に頼めば、仕事が早く済むはずだと計算したからだ。

 堆く積まれた書類の中で、1枚の透明なビニール袋を手にとって眉間に皺を刻んでいる酒田の背後に涼は近づいた。

「それなんや?」

 ビニール袋の中にあるものに目を細める涼が訊いた。

 驚いた表情で酒田が振り返った。

「うーん、さっき、本部のカソウケン(科学捜査研究所)から届けられたんやけどさ──」

 酒田の言い方に涼は少しイラッとした。

「もったいぶんなよ。やけんなんなんちゃ」

「1昨日、ウチの署で倒れて病院に担ぎ込まれた熊坂洋平が、調べ室に置いていった持ち物の一部だよ」

 涼は、酒田に断ってからビニール袋を手に取った。

「なしかこっちに回されていたんだけど、田辺が真犯人だと分かったもんだからそんままにしてあったんや。で、いつかは地域(課)へ持って行こうとしてたんやけど……」

「そん中にこんなもんがあったんで気になっていたと?」

 涼が言葉を継いだ。

「そげなことや。ただ、もう事件は終わったしな」

 涼はまじまじとビニール袋の中を見つめた。

 そこには長さ5センチ、幅1センチほどの小さな紙片に小さな記号みたいなものが書き込まれている。

 目を近づけた涼は息が止まった。

「熊坂洋平が容疑者に挙がっていた時は、ネット検索もしてみたことがあったんやけど、やっぱり訳がわからん。これが入っちょったこの封筒にしてもよくわからん……」

 溜息をついた酒田は、さっきより一回り大きなビニール袋を掲げた。
中にあったのは1枚の封筒だった。

「これって……」

 涼は口を開けたまま呆然とした。

「お前、読めるんか?」

 酒田は目を見開いた。

「いやそうじゃねえで……」

 涼は言い淀んだ。

「お前こそもったいぶるなよ。なにか心当たりがあるんか?」

 立ち上がった酒田が詰め寄った。

 周りの課員から視線が2人に集まった。

 慌ててスマートフォンを取り出した涼は、アルバムというアプリを起動させて、1昨日、警視庁の刑事たちが見せてくれた2枚の写真を接写した画像を選んだ。

 そして大きく頷いて酒田を振り向いた。

「どちらも一緒だ……」

 涼がディスプレイを酒田に見せつけた。

「どこで写した?」

 驚いた表情で酒田が聞いてきた。

 だが涼はそれには応えず、2つのビニール袋の中身をスマートフォンで写真に収め、鑑識課を飛び出した。

 いったい何を求めようとしているのか涼は自分でも分からなかった。また、なぜ熊坂久美の名前を口にして、その照合を依頼したのかもわからなかった。

 すべては直感がそうさせたとしか言いようがなかった。

 涼は急いで正木を探した。

 捜査本部の中で片付けを進める女性警察官の手助けをしながら相好を崩している正木を見つけると涼はすぐに駆け寄った。

「これ、見てください!」

 スマートフォンのディスプレイを見せつけながら涼が声を上げた。

 ちらっと視線をやっただけで正木は相好を崩したまま再び女性警察官との談笑に戻った。

 涼は堪らず声を上げた。

「取り調べ中に吐血した熊坂洋平が調べ室に残していった荷物の中に、これが隠すように仕舞うちあったんです!」

「それがどうかしたか?」

正木は振り向こうともせず訊いた。

(続く)

■麻生幾(あそう・いく) 大阪府生れ。作家。1996年、政府の危機管理の欠陥を衝いたノンフィクション『情報、官邸に達せず』を刊行。日本の危機管理をめぐる“真実”を小説で描いている。オウム事件など内外の事件を取材したノンフィクション作品も。主な小説に、『宣戦布告』『ZERO』『ケース・オフィサー』『外事警察』『奪還』など。「宣戦布告」「外事警察」などが、映画化、ドラマ化され反響を呼んだ。ノンフィクション作品に、『極秘捜査-警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」-』『前へ!-東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』などがある。※この連載は、毎週日曜と不定期平日に配信します。
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