黒田総裁

「MMTは卓論か愚論か」野放図な財政拡張政策の妥当性を裏付けようとする危険な理論

1つのテーマで対論を読んで思考力を鍛えよう。このコラムのテーマは「MMTは卓論か愚論か」です。
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文・木内登英(エコノミスト・元日銀審議委員)

 筆者はMMT(Modern Monetary Theory;現代金融論)には批判的な立場をとっているが、それはMMTの考え方を全く評価しない、ということでは必ずしもない。問われるべきなのは、このような単純化されたモデルを利用して、自らの掲げる経済政策、特に財政拡張策を正当化しようとする人の姿勢であろう。

 さらに、MMTは必ずしも体系化された理論でなく、それを支持する経済学者によって考え方、説明に違いも見られる。このことが、MMTへの評価を難しくしている面もある。以下ではこの点に配慮しつつ、議論を進めていこう。

 最近、MMTが世間の注目を集めるきっかけを作った、ニューヨーク州立大学のケルトン教授の見解にまず注目してみよう。ケルトン教授は、「欧州債務危機は各国が単一通貨ユーロを採用したことがその元凶であった。他方、ドルという独自通貨を持つ米国では財政危機は生じない」、「政府債務の増加は、インフレを引き起こすような場合以外には問題はない」と主張した。

 自国通貨を持つ国の中央銀行は、仮に政府が信用力の低下で国債発行ができない状況に追い込まれても、民間銀行に無制限の流動性供給を行なうことで銀行に新発国債を買入れさせ、それを中央銀行が買い取ること等で財政破綻を回避できる。この点では、米国政府は簡単に財政破綻しないとのケルトン教授の指摘は正しい。

 しかし、それでも、米国での野放図な財政赤字の拡大、政府債務の増加が何の問題も生まない、ということではないはずだ。トランプ政権の財政拡張策によって双子の赤字、つまり財政赤字と経常赤字の同時拡大が既に進んでいる。財政赤字のさらなる拡大は、政府の信用力低下ではなく国債市場の需給悪化から金利上昇を生み、経常赤字の拡大はドルの信認を低下させる。その結果、悪い金利上昇とドル安が相乗的に進み、経済・金融に深刻な打撃を与えるリスクが高まる。

 それでは、ケルトン教授が指摘する財政拡張に伴うインフレの問題、あるいは金利上昇の問題については、どう考えれば良いのだろうか。これについては、MMTの大御所、ランダル・レイ教授の論点を見てみよう。

 MMTは、財政政策を通じて完全雇用を目指すという、ケインズ経済学の流れをくむ、優れてリベラル(左派的)な経済理論だ。レイ教授が説くMMTでは、公的な「雇用保証プログラム」という仕組みを作り、政府が賃金水準をコントロールし、失業者に対しては社会保障給付で被雇用者と同等の所得を保障する。その結果、財政拡張策によって新規雇用が増加して失業者が減少しても、失業給付が同額の賃金に置き換えられるだけで、労働者の総所得は変わらない。雇用が増加し労働供給が増えることで経済の供給力は高まるが、需要は変わらないためインフレにならない、ということのようだ。

 さらに、財政支出こそが付加価値とマネー創造の源泉であるため、そこに財源は必要ないと考え、さらに国債とマネーとを同等と見なし、国債発行の増加を問題とはしない。こうした考えに筆者は強い違和感を覚えるが、この考えのもとでは、財政支出の増加は経済にマネーを供給する活動であるから、マネーの需給は緩んで、金利はむしろ低下すると説明しているようだ。

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