中野信子×鴻上尚史|日本人の「脳」がつくる「同調圧力」
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中野信子×鴻上尚史|日本人の「脳」がつくる「同調圧力」

自粛警察、正義中毒。日本人による相互監視・バッシングはなぜ止まないのか 。/中野信子(脳科学者)×鴻上尚史(作家・演出家)

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▶︎自分が知らない相手をどれだけ信頼するかの尺度、社会学でいう「一般的信頼」が日本は非常に低い
▶︎日本人はセロトニントランスポーターが少なく、不安になりやすい民族と言える
▶︎今いる自分たちの社会のルールが壊れるのではないかという不安がバッシングにつながっている

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中野氏(左)と鴻上氏(右)

コミュニティにはイケニエが必要

中野 鴻上さんは日本にはびこる「同調圧力」について早くから指摘され、何冊も本を著していらっしゃいますね。若い人に「空気に合わせなくていいんだよ」と呼びかけるもの、人生相談、そして昨年から話題となっているのがズバリ『同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか』(講談社現代新書)です。

鴻上 社会を息苦しくしている「同調圧力」については、ずっと考え続けているんですよ。問題意識が少し浸透し始めたかなと思っていたら、このコロナ禍。「自粛警察」「マスク警察」をはじめとする「同調圧力」が前にもまして荒れ狂いました。あろうことか、感染した人の名前や住所がネットに晒され、引越しを余儀なくされる、あるいは仕事をクビになった人までいます。これは感染以上に怖かった。

中野さんも同様の問題意識をお持ちですよね。『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)で世間のルールから外れた人を叩いて快感に溺れるという「自粛警察」のような人間の行動に「正義中毒」と名を付け、警鐘を鳴らしています。

中野 はい。私がこういう問題に興味を持つようになったのは実は鴻上さんが書かれた戯曲『ピルグリム』がきっかけだったんです。

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鴻上 おお、32年前の作品。

中野 例えば、終盤にとても印象的な台詞があります。

〈イケニエが必要なのです。そして、同時にいらないのです。必要なくせに排除する物が、必要なのです〉

登場人物たちは、噂をもとに一人のイケニエを見つけ、その一人がいなくなったらまた別のイケニエを見つけ、いなくなったらまた別のイケニエを見つけ――コミュニティにはイケニエが必要で、それを排除することでコミュニティが維持されていくという物語なんですね。まるで自分たちに同調しない人を激しくバッシングして排除しようとする現在の世の中を予見しているかのようです。

鴻上 脚本を読んだのは高校生の頃ですか。

中野 高校に入ったばかりでした。すごく感銘を受け、こういう集団心理を科学で掘り下げたいと思っているうちに、脳科学の道に進んだんです。ですから私、鴻上チルドレンなんです。

鴻上 いまや飛ぶ鳥を落としている中野信子が何をおっしゃいますやら(笑)。

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世間に優しく社会に冷たい

中野 『同調圧力~』では、日本世間学会を立ち上げた九州工業大学名誉教授の佐藤直樹先生と「世間」と「社会」の二項対立でお話しされています。「世間」とは職場や学校、近所の人など、自分と直接かかわりのある人たちのことで、反対語が「社会」である。そして日本では「世間」の人には優しいけれど、「社会」に対しては冷たい。

これは社会学でいう「一般的信頼」の低さの表れなんですね。「一般的信頼」とは、自分が知らない相手をどれだけ信頼するかという尺度で、日本はこれが非常に低いんです。そのカギを握るのがオキシトシンレセプターの数です。

鴻上 それそれ。今日、中野さんに脳と国民性との関係をたっぷり聞こうと思っていた。オキシトシンは幸せを感じると脳内で分泌される「幸せホルモン」と呼ばれるものですよね。ホルモン自体でなくそのレセプターの数が鍵ですか。

中野 そうなんです。細胞の表面には、ホルモンのように細胞外からやってくる物質を選択的に受容するレセプターがあります。オキシトシンを専門に受容するレセプターは、生後6ヵ月~1歳半の頃に生え揃うのですが、その時期における特定の養育者との関係性によって数が決まります。主に母親ですね。

日本のように子どもと養育者の関係が密接であると、オキシトシンレセプターが多くなる傾向にあります。そういう人は、自分と近しく意見がかみ合う他者とは絆で結ばれるけれど、知らない他者には冷たい。つまり「一般的信頼」が低い。

一方、オキシトシンレセプターの少ない人は、他人が何をしていようが別にどうでもいい。みんなと6割ぐらいの関係を築いて、それで満足です。北欧諸国などにこちらのタイプの人が多いです。

鴻上 僕は人生相談で、子育てというのは子どもを守ることではなく健康的に自立させることだ、といつも言っているんですが、日本における子育てというのは文字どおり「守り育てる」ことだよね。

親子が密接だからレセプターが多くなって社会を信頼しない人になるのか、それとも親として社会は信用できないから自分たちが守らざるを得ないと思って密接な親子関係になるのか。これは「ニワトリとタマゴ」ですね。

中野 確かにスパイラルですね。

対人関係は母から受け継ぐ

鴻上 パートナーを束縛する、俗にバッキーと呼ばれる人は、オキシトシンレセプターがすごく多い人というわけですね。ということは子ども時代、親に濃密な人間関係を迫られてきたわけだね。でも、そんな密接な人間関係が嫌で、自分はそうはならないぞ、となると思うんだけれど、なぜまた自分も密接な関係を求めるのか。

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中野 子どもの頃に「内的作業モデル」という対人関係のひな型のようなものができるんです。それは母親から受け継ぐことが多く、自分ではその様式が嫌だと思っているのに、同じように振る舞ってしまう。例えば、母親が父親に対して「どうして私のほうを向いてくれないの!」と責めるのを嫌だなと思って育った子どもが結婚後、気が付けばパートナーに同じことを言っているということがしばしばあるんです。

鴻上 そうやって1回、もしくは2回、なんなら3回ぐらい失敗して、「この濃密さを求めるから私はダメなんだ」と、変わろうとする人もいるのではないかな。大人になってオキシトシンレセプターを減らす方法はないんですか。

中野 レセプターの密度が薄い人と付き合っていると薄くなるかもしれません。かもしれませんというのは、どちらかに引っ張られることがあることはわかっているんですが、密度の濃い人がイニシアチブを握ると薄い人を濃くしてしまうかもしれないんです。

内的作業モデルが変わるには、違う内的作業モデルを持つ人のモデルを移植することが必要なんです。それを「密度が変わる」と脳科学では表現されます。例えば、バッキーが適切な密度の人と付き合うことによって、「自分が迫らなくても相手は愛情をくれる」と学習できれば、相手を束縛しない付き合いができるようになります。

日本人の97%が不安傾向

鴻上 なるほど。一方、中野さんの本には、セロトニントランスポーターというものについては、日本人は世界で一番密度が低いと書かれています。セロトニンというのは脳内にある神経伝達物質で、気持ちを安定させてくれる。セロトニントランスポーターというのも同じ働きをするわけですか。

中野 トランスポーターは運び役で、セロトニントランスポーターとは、分泌されたセロトニンを再度、細胞内に取り込んで分泌させるリサイクルポンプみたいなものなんです。たとえセロトニンの分泌が少なかったとしても、使い回しができるわけです。ですからこの数が多いほど気分が安定し、少なければ不安を感じやすくなります。そして日本人の約97%がこの数が少ない。つまり、日本人は不安になりやすい民族なんです。

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鴻上 97%! その「日本人」という種族的な分類が脳科学的、もしくは生物学的にあるんですか。

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