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「変異株」を恐れすぎるな ワクチンとモニタリングで対応せよ|小野昌弘

世界中で感染者を増やす「変異株」にワクチンは効くのか?/文・小野昌弘(免疫学者、インペリアル・カレッジ・ロンドン准教授)

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現在の変異株に共通する一番の問題は感染効率が上がること。従来株に比べ、人から人へウイルスが感染しやすくなる
変異株の出現をいち早く特定し、検出された地域から外に持ち出さない、また、水際で食い止めるためにモニタリングは欠かせない
日本は、リスク評価が甘いと言われる。みんなが漠然と「やばいな」と思っていても、リスクの種類や程度を分析し、それに基づいた具体的対応につなげない

小野さん

小野氏

ワクチンは常に微調整されている

世界中で新型コロナウイルスの変異株が猛威をふるっています。これまでのウイルスが性質を変えた「変異株」。その存在が世界で初めて認識されたのがイギリスです。昨年12月に発見されるや国内の感染者数は瞬く間に増加、昨春の第一波、秋の第二波を上回る勢いで感染が拡大し、とうとう12月20日からロンドンは再び事実上のロックダウンに入りました。私はそのロンドンのインペリアル・カレッジで、准教授として免疫の研究をしています。

日本では、昨年12月25日にイギリス型変異株がはじめて確認されたと報じられました。イギリスから国内の空港に到着した乗客から、5例の感染が確認されたのです。

折りしも、日本ではアメリカやイギリスからのワクチン輸入のめどが立ち、多くの人々が接種を受けることでコロナ禍の収束が期待できるかに思われていた時期でした。イギリス株が確認された3日後には南アフリカ株の感染者が報告され、その頃になるとアメリカでもイギリス株がはじめて確認されるなど、あっという間に変異株が世界中に拡がる兆しを見せたのです。

とはいえ、ウイルスの変異そのものはまったく驚くことではありません。新型コロナウイルスに限らず、ウイルスは流行しながら少しずつその性質を変えていく、つまり“変異”することが知られています。たとえばわれわれがいつも秋から冬に打つインフルエンザワクチンは毎年異なるものですが、それは毎年微妙に変わるウイルスの性質に対応するため。その年のウイルスに対し最も高い効果を発揮するよう、ワクチンは常に微調整されているのです。

新型コロナに変異が入る頻度も、インフルエンザよりやや少ない程度です。世界各地で、ひと月に1~2か所のペースで新たな変異を獲得していることがわかっています。

それに、必ずしもすべての変異株が従来株に比べ悪い性質に変わるわけではありません。“変異”という言葉にはマイナスだけでなくプラスの意味、つまりウイルスの弱毒化も含まれます。英語での定義はより明確で、いま連日のようにニュースで耳にするのがVariants of Concern(VOC)という「懸念される変異株」。イギリス型、南アフリカ型、ブラジル型などがこれにあたり、われわれ人類にとって懸念すべき方向に変異しているものの総称です。もう一つがVariants Under Investigation (VUI)という「調査中の変異株」で、科学的な追跡調査は必要なものの、今すぐ対処すべき理由はまだ揃っていないものを指します。

コロナウイルス

新型コロナウイルス

変異株の3つの問題

では、VOCに分類される変異株の“問題”とは、具体的にどのようなものなのでしょう。

現在の変異株に共通する一番の問題は感染効率が上がることです。従来株に比べ、人から人へウイルスが感染しやすくなる。たとえば南ア株は感染効率が50%程増加するといわれていますが、昨年冬に確認されて以降南アフリカでは急速に従来株と置き換わり、すでに検出されるもののほとんどを占めるようになりました。イギリスでも、はじめて変異株の存在が認識されるとまもなく政府が「懸念される変異株」であると宣言。それからひと月あまりで、ロンドンやイングランド南東部ではほとんどが変異株に置き換わってしまったのです。

重症化率の上昇も深刻な問題です。イギリス株を例にとると、現時点では従来より3割程度重症化する人が増えることがわかっています。

さらに、従来株でできた免疫を多少なりともすり抜ける性質を持つ変異株があるのではないかとの懸念もあります。これは免疫逃避の変異と呼ばれ、体内に侵入したウイルスが、すでに存在する一部の抗体の攻撃を逃れて感染していくという性質です。もし感染やワクチンに反応して人体がつくる様々な抗体の一部が効かなくなってしまうなら、ワクチンを打った、もしくは新型コロナへの感染歴があっても、また感染する人が出てくる可能性があるのです。

免疫逃避といっても、ワクチンの効果が一気にゼロになってしまうわけではありません。たとえば、今のワクチンを打てば従来のウイルスを95%防御できるところを、ウイルスが免疫逃避型の変異を蓄積するにつれ効果が8割、7割……と落ちていくと想像されます。ただ、実際の流行でどのくらい落ちていくのかということは、まだ明らかではなく、今後分析が必要です。

変異株が世界で広がっている今、重要なのが、感染の状況をきちんと追跡する「モニタリング」です。

変異株の出現をいち早く特定し、検出された地域から外に持ち出さない、また、水際で食い止めるためにモニタリングは欠かせません。

さらに、ウイルスの変異は一度きりではない。実際、イギリス株も当初は免疫逃避の変異を持っていませんでしたが、最近はそれを持つものも見つかっています。ウイルスは現在進行形でどんどん変わっている。それに対応するワクチンを準備するのに必要なのがモニタリングで得られる変異株の遺伝子情報なのです。

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ワクチンvs.変異株

ワクチンはパンデミックを収束させるために重要です。実際、ワクチンの効果はどれほどなのか、そして従来株に合わせて開発されたものが変異株の流行に対応できるのか、疑問に思う方も多いと思います。

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