富士フイルムが本業を失っても“コロナと闘う企業”になれた理由
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富士フイルムが本業を失っても“コロナと闘う企業”になれた理由

“写真の会社”として消えるどころか、“ヘルスケアの会社”として大きく成長する富士フイルム。富士フイルムHD会長・古森重隆氏は「経営者は直感が大事だ」と語る。

<この記事のポイント>
●富士フイルムのヘルスケア事業が売り上げに占める割合は全社の約4分の1にまで拡大。一方、写真関連事業は十数%にまで減っている
●2008年の富山化学工業の買収から、富士フイルムは医薬品事業に本格的に舵を切った
●近年力を入れているのが、バイオ医薬品の開発製造受託(CDMO)で、大きく成長している

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古森氏

「技術の棚卸し」

コロナ禍でも、私自身の働き方はあまり変わっていません。在宅勤務できる社員は在宅勤務をしていますが、私はゴルフや会食を自粛する程度。毎朝8時半には出社しています。

何をするかというと、例えば、海外の現地法人、事業部、工場、研究所などから上がってくる月報などの報告書に必ず目を通す。毎月のパフォーマンスや市場の情報、競合他社の状況、そして我々が抱えている課題などを書いたもので、膨大な量です。“船長”にやれることは、限られているんですよ。あとは社員が、それぞれの持ち場で働きますから。だからこそ、経営者は即断即決が大事です。会社で何が起こっているか。会社に今、何が必要なのか。大きく舵を切るか、微調整に留めるか。情報を精査し、経営者として、即座に指示しなければいけません。

報告書を読んでいると、書いている人の気持ちが浮かんで来るんです。ここはちょっと曖昧にしようとしているなとか、ここをアピールしたいんだろうなとか。さらには各部門や研究所でバラバラにやっていることをクロスオーバーさせて解決したほうがいいことも見えてきます。そういうことを考えながら、一つ一つ決断していく。なかなか大変です。

会長職というと、もう少しのんびりして、大事なことだけを決めればいいと考える人もいるかもしれません。でも私は、ずっとこういうスタイルで経営をしてきたのです。

新型コロナウイルスの世界的な流行の中で、かつて“写真の会社”だった富士フイルムホールディングスが、“ヘルスケアの会社”として存在感を増している。「予防」の要となる、新型コロナウイルスのワクチンでは、米ノババックス社が開発を進めるワクチンの製造を受託した。「診断」領域では、PCR検査の時間を短縮する試薬や肺炎を診断するX線診断装置などを医療現場に数多く供給。「治療」領域においては、抗インフルエンザウイルス薬「アビガン」を、新型コロナウイルス感染症の治療薬として承認申請した。国内で開発された初の治療薬として早期承認が期待される。

なぜ、富士フイルムは新型コロナウイルスに対して「予防」「診断」「治療」の全ての領域にアプローチできるのか。「第2の創業」を掲げ、積極的なM&Aを行って「トータルヘルスケアカンパニー」に蘇らせた古森重隆会長(81)に聞いた。

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コロナ治療薬として承認申請中

本業消失の危機に直面して「アビガン」を開発した富山化学工業(現・富士フイルム富山化学)は、富士フイルムが2008年に買収した会社です。この買収によって、富士フイルムは医薬品事業に本格的に参入しました。

なぜ富士フイルムが、医薬品事業を始めたのか。それは富士フイルムが「本業消失」の危機に直面したからです。私が社長に就任した2000年は、富士フイルムが主幹ビジネスに据えてきた写真フィルムの需要がピークに達した年でした。その市場は、デジタル化に伴い、毎年20~30%という予想をはるかに超えたスピードで消失していきました。

実は、私は1980年代からデジタル時代を予測していました。中でも衝撃的だったのは、私が産業材料部にいたころ、製版工程がデジタル化されたことです。当時、1枚のフルカラー印刷をする場合、製版工程では、数十枚の製版フィルムを使い、手作業で文字と写真、絵を組み合わせていました。それがデジタル化によってコンピューター処理が可能になり、1枚のフィルムに打ち出すだけで済むようになってしまったのです。その時感じた不安が現実になろうとしていました。

「このままでは大変なことになる」

そう危機感を抱いた私は、2003年にCEOに就任する前に、富士フイルムが持っている技術を総点検するため、技術開発部門のトップに、「技術の棚卸し」を命じました。

富士フイルムは、銀塩写真の研究開発で培った世界トップレベルの技術をいくつも有していました。例えば写真フィルムは、多様な機能を持った材料をマイクロメートル(1000分の1ミリ)単位の薄さで、均一に、速く、歪みなく塗布しなければなりません。そのため、製膜技術、精密塗布技術、粒子形成技術、機能性分子技術、ナノ分散技術、機能性ポリマー技術など、様々な技術を持っていました。さらに、その技術を進化させるため、毎年化学分野で優れた技術者を採用していました。それらの技術と人材を使わない手はないと考えたのです。「技術の棚卸し」をするうえで用いたのは、イゴール・アンゾフという経営学者の「四象限マトリックス」です。横軸は「市場」、縦軸は「技術」とし、それぞれ「新規」と「既存」に分類して、当社のビジネスを4つのいずれかに分類したのです。写真フィルムは「既存市場・既存技術」、ミラーレスデジタルカメラは「既存市場・新規技術」という具合です。そこで目をつけたのが、「新規市場・新規技術」にあたる医薬・化粧品といったヘルスケアの分野でした。

デジタル時代だからといって、私は富士フイルムをデジタル・カンパニーにするつもりはありませんでした。本業にこだわり、写真や画像に関連したデジタル事業を展開しても、売上は数千億円規模がせいぜいです。いずれ価格競争が起きて、その収益さえも得られなくなる。会社の規模を維持し、発展させるためには、新たな市場に打って出る必要があると考えたのです。

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“探検”するベースキャンプを

富士フイルムは、創業間もなくからレントゲンフィルムを製造しており、X線画像診断システムなど、おもに「診断」の領域で医療分野に取り組んでいました。

しかし「治療」に関する医薬分野では、ノーベル医学・生理学賞を受賞した利根川進教授と共同で、1990年代にがん領域での医薬品の開発に着手したものの、頓挫した先例がありました。

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利根川氏

写真フィルムに用いられる高度な化学技術の隣接領域として、製薬は当時から注目されていた事業でした。同じ頃、写真フィルム事業で世界のトップに君臨していたコダックも、製薬会社のスターリング・ドラッグを買収しています。

しかし、デジタル化の波はすぐそこまで来ていたものの、当時の写真フィルム事業は絶好調で、富士フイルムは新規事業にそこまで積極的になれなかったようです。医薬品開発の難しさも相まって、設立した医薬品開発会社を数年で手放してしまいました。コダックもやはり、94年にスターリング・ドラッグを手放しています。

同じ失敗はできません。「徒手空拳に無から有は生じない。新たな探検をするならベースキャンプが欲しい」――。そう思っていたところに、当時新規事業の担当役員だった戸田雄三君(元副社長)が提案してくれたのが、富山化学工業の買収でした。

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