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塩野七生 ワクチン、打ってきました 日本人へ215

文・塩野七生(作家・在イタリア)

政府のトップが大学人のコンテから経済人のドラーギに代わったイタリアの今を一言で言えば、多言不実行から無言実行に変ったといえるかもしれない。ぶらさがり取材はもちろんのこと、ツイッターによる発信も無し。首相だけでなく、大臣たちまでが「無言」になった。首相出席の記者会見さえも昨夜が1回目というのだから、やったとしても月に一度になるのか。コンテの頃は連日であったのに。それでも昨夜の記者会見で、首相ドラーギの統治方針の核はわかった。

優先順位の明確化と指揮系統の一体化である。そして実施に際しては、進行状況を見ながら柔軟に、それでいて敏速に対応していく、と言う。コロナの爆発から1年が過ぎているのに1日の感染者数2万から3万、死者数も1日に300前後から下がらないのだから、コロナ対策が真先にくるのも当然だろう。というわけで、「ワクチン作戦」が本格的にスタートしたのである。

目標は、1日に、これまでの2倍の数になる50万人ずつ打つことで、9月末までにはイタリア人の80パーセントをワクチン接種者にすること。ドラーギはこの作戦のトップに、これまでのシビリアンを退けてミリタリーを持ってきた。兵站のベテランとのこと。兵站とは辞書によれば、後方にあって戦闘に必要なすべての物資を供給するだけでなく、必要に応じて適所に配分し送り出す機関、なんだとか。古代では、当時最強だったのはローマ軍だが、「ローマ軍団は兵站(ロジスティクス)で勝つ」と言われたものだった。一方、第2次世界大戦での日本の敗因の一つは、兵站の軽視にあったとされているのだが。いずれにせよ重要きわまるこの任務を一任されたこの人物は軍人なので、シビリアンである大臣たちとの会議にも堂々と迷彩服で出席している。

しかし、いかに兵站のベテランであっても、この人は軍隊の兵站の専門家。それで首相ドラーギはこの人に、もう一人を組ませたのである。日本語ならば防災担当省という感じの機関、これは日本に似て地震や水害大国であるイタリアでは常設機関なのだが、その省のトップも、「ワクチン作戦」の司令塔に加えたのだった。こちらもジャンパー風ではあっても制服があり、地震でも洪水でも真先に駆けつける人々なので、テレビニュースでもお馴じみの顔。なにしろ防災担当省なので、イタリアの全地域の情報が蓄積されている。兵站面での技能の持主と、情報の持主を組み合わせたことになる。何だか臨戦態勢という感じだが、背広姿に迷彩服とジャンパーが混じって、ワクチン作戦は動き出したのだった。

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