見出し画像

三浦春馬さん主演映画『天外者』田中光敏監督インタビュー

三浦春馬さんの主演作『天外者』が公開された。三浦さんが熱演したのは、五代友厚。幕末から明治初期という激動の時代を駆け抜けながら、薩摩藩士から明治政府の役人となり、実業家に転身して大阪が商都となる基盤を築き上げた実在の人物である。「ぜひとも主演は三浦さんでいきたい」とオファーしたという監督の田中光敏さんに話を聞いた。

◆ ◆ ◆

――制作までの経緯をお聞かせください。

田中 3年くらい前に、“五代友厚プロジェクト”という市民団体から「五代友厚の映画を作りたいのでぜひ監督を」とお話をいただいたのがきっかけです。でも、返事をするのに半年ほど悩みました。というのも、恥ずかしながら五代友厚という人物をあまり知らなかった。朝ドラの『あさが来た』でディーン・フジオカ君が五代を演じていますが、それを観て得たくらいの知識しかなかった。さすがにそれではまずいと思って、まずは勉強をさせてもらいました。いろいろ資料を当たっていくうちに「あぁ、こんな人がいたのか」と。

 同じ薩摩にいた西郷隆盛は武士であることを頑なに守ったけど、五代は彼とは対極の存在だったんですね。侍を捨て、新政府に仕え、民にまで下って時代を変えようとした。あの時代のある種の既成概念を壊しながら、若い力でこういうことをした人がいたんだということを伝えたくなりました。この捉え方で物語を作るなら脚本には『利休にたずねよ』(13)や『海難1890』(15)でご一緒させていただいた小松江里子さんしかないと思って、彼女に僕の考えを伝えたら「やりましょう」と言っていただいて。プロジェクトの方々に小松さんと組めるならばと打診したところ、是非ということで引き受けさせてもらいました。

――テーマや視点だけではなく、スタッフやキャストの顔触れにも監督の考えが反映されているのでしょうか?

田中 小松さんとは重たい時代劇ではなく、若い方たちにも受け入れられるようなスピード感に溢れた時代劇にしようという話をしまして。スタッフもキャストも時代劇が初めてという若い人を迎えさせてもらいました。新しい時代が作り上げられていく転換点を描いているし、青春群像劇でもあるので、そうした勢いを彼らからもらいたかったというところはあります。

画像1

――三浦春馬さんの五代友厚役というキャスティングは当初から決まっていたんですか?

田中 そうです。どうしても五代友厚をやっていただきたかった。でも、クランクインの時にいろいろと都合がつかなくて1年ほど延びてしまったんですね。五代には春馬君しか考えられなかったので「ぜひとも主演は三浦さんでいきたい。お願いします」と言ったら快く受けていただいて、しかもその延びてしまった1年間で本当によく勉強してきてくれたんです。五代友厚や侍にまつわることだけではなく、儒学まで学んできた。

――五代友厚が持ち歩いている藍染めの工具入れも三浦さんが自ら用意したそうですね。

田中 五代友厚が製藍事業に力を入れていたのを調べていて、工具入れには藍染めのものを使いたいって提案してくれたんです。「監督、藍染めを出したいのですが」と僕に訊ねてきたので、「五代は藍染めの事業を大切にしていたから、いいかもね」と答えたんです。

 そうしたら、五代とゆかりのある藍染めのアーティストの方と打ち合わせをしてハンカチをいくつか用意して、「これだと血が付いてしまうシーンでは目立たないですかね」とか「これだと入れる工具が映えますね」とか、画のこともきちんと考えたうえで僕にプレゼンテーションしてくれるんですよ。これは本当にありがたかったし、想いが伝わるというか。彼は主演として自分の役をまっとうしようとしているんだなと、その覚悟みたいなものが節々に見えましたね。

――三浦さんは以前から殺陣を本格的に習っていたそうですが、今回の作品でその凄まじい腕前を存分に披露していました。

田中 最初に会った時に「プライベートで殺陣師さんに習っています」と話してくれたけど、「どこまでできるんだろうね」と助監督たちと話をしていたんですよ。それで練習に来てもらって、殺陣師の中村健人さんと動き出したのを目の当たりにして、こんなに殺陣ができる役者だったのかと本当にびっくりしました。あれほどの動きもできるうえに、所作も完璧で、筋肉もちゃんと付いている。つまり、ちゃんと刀が振れるような体に出来上がっているというのは日頃の鍛錬があってのもの。反射神経とか運動神経の良さみたいな部分はもちろんですけど、センスの良さも抜群なんですよ。立ち回りをする際も「ここ、こうしたほうがいいんじゃないですかね」と必ずアイデアを出してくれる。

――具体的にはどういったものでしたか。

田中 そのアイデアの根底には、刀を粗末にしたくないという想いがあるんです。それは「武士だから刀を傷つけたくない」ということなんですよね。僕も「確かに」と納得して、刀を抜かずとも鞘で叩くという立ち回りも考えていたけど、それだと刀が傷ついてしまうこともあるわけだからすべてやめました。そういうふうに春馬君と一緒に殺陣を作り上げたところがあります。たいしたものですよ、撮影中も練習を欠かしませんでしたから。殺陣の練習をしているところをビデオに撮って、それを持ち帰って家でも練習して。うまくなったら、それをビデオに撮ってチェックしながらさらに練習する。空いている日があれば、家より広いからと撮影所にやってきては練習していました。

【前編アイコン/カンバン】後の五代友厚と坂本竜馬_sub1

――全編にわたってセリフは薩摩弁でしたが、三浦さんは習得していたのでしょうか?

田中 方言指導もつとめた田上晃吉(劇中では舟木役)さんと朝から晩まで一緒にいて、彼と薩摩弁で話をしているんですよ。日常会話が薩摩弁のイントネーションになるぐらいに自分のものにしていたと思います。

――大阪商法会議所(現・大阪商工会議所)の初代会頭として五代が商人たちに結束を訴えるシーンは、薩摩弁も相まって迫力の一言でした。

田中 昨年の12月末に編集が終わって、あのシーンでどうしても春馬君にアフレコしてほしいところがあってスタジオに来てもらったんです。「ここ、少しだけアフレコしたいんだけど」と編集したシーンを観てもらったら、向こうを向いて、顔をそむけてしまうんですよ。「春馬君、どうした?」と訊いたら、「なんか僕、この時の気持ちを思い出しちゃって、ちょっと感極まっちゃいましたよ」と。それほどまでに彼は、渾身の力を込めて作品に向き合ってくれたんだなって。

――お話を伺っていると、三浦さんは非常にストイックな姿勢で撮影に臨んでいたようですね。

田中 それでいて、近寄りがたいムードがまったくない。誰に対しても分け隔てなく接するし、目線が一緒なんですよ。自然に気づかいできる人だし、それが素なんです。たとえば髷(まげ)を切るシーンは、脚本では「一戦交える」と書いてあるんです。でも、本番ではやっていません。僕はやらないほうがいいかなと思っていたんですけど、それでも迷っていた。そうしたら春馬君と相手役の俳優さんが僕のところに来て、「監督、ちょっと見てもらえますか」とそのシーンを頭からやりだした。そして、一太刀あるというところで「ここがどうもうまくいかないんです」と言うんです。

「春馬君、一太刀せずにこの流れをやったらどういうふうになる?」と訊いたら、待ってましたとばかりに、「じゃあ、ちょっとそれやってみます」と言ってやってみせるわけです。そして、間髪入れずに「監督、これで腹に落ちました。これでやらせてください」って。

 つまり、「こうやったらできないので、こうやりましょう」とストレートに言ってしまえば済んでしまうところを、一拍おいて相手の意見もちゃんと受け入れたうえで「腹に落ちました」と返す。監督としての僕をきちんと尊重して、僕の指示や考えとして言わせてくれるわけです。そういう真面目さと、懐の深さというか、紳士的な振る舞いが、一緒に仕事をしていてとても心地良かった。座長として、主演として、作品を良いものにしようという責任感みたいなものを彼自身がしっかりと持っていたと感じました。

――三浦さんは主演にして“座長”でもあったとのことですが、座長として共演したキャスト陣とはどのように接していましたか?

田中 現場に入る前から座長でしたね。舞台挨拶やイベントで蓮佛美沙子さんに会ったら「事務所からオファーの話が来る前に春馬君から連絡があって、『今度、一緒に映画やらないか? こういう役なんだけど』って声かけてくれてたんですよ」と教えてくれました。(三浦)翔平君も一緒で、正式にオファーがある前に「お前、坂本龍馬やらないか?」って春馬君が声を掛けてくれていたみたいで。

 たしかに僕が春馬君と会うたびに「坂本龍馬の役、翔平君でどう?」とか「五代の妻だった豊子に蓮佛さんって、どうだろうか?」と相談をしていたんです。まさか、裏でキャスティングのコーディネートまでしていてくれたなんてね。僕はそんなことをぜんぜん知らなかったので驚きました。

――三浦翔平さんと三浦春馬さんはプライベートでも親交が深かったようで、ふたりの掛け合いなどにもそれがうまく出ていたように感じました。

田中 クランクインの2カ月前かな。時間がある時に撮影所へ集まってもらって本読みをするわけですけど、せっかくだから小屋を借りてちょっとしたリハーサルもやっていたんです。でも、忙しい方ばかりだからどうしても誰かが抜けることになる。1回目か2回目に翔平君が来られなくて、ちょっと気になっていたんですよ。

 その帰り際に春馬君が「監督、大丈夫ですよ。僕、ちゃんと東京に帰ってから翔平とリハーサルしますから」って言ってくれて。次のリハーサルで翔平君が来て、春馬君との掛け合いのシーンをやってみると良い感じに作り込んできているわけですよ。「翔平君、本読みうまいじゃない」と声を掛けたら、カラオケかどこかで「4時間ぐらい練習しましたよ」って教えてくれて。それは頼もしいなと思いましたね。

【後編カンバン】五代、坂本、岩崎_sub6

――演技のクオリティだけでなく、現場のモチベーションも上げていたというか。

田中 自分の出番以外でも、気になるところがあるとモニターの横に張り付いて見ていましたよね。(森川)葵ちゃん、蓮佛さん、翔平君、西川(貴教)君、みんなの芝居を確認しては「監督、いい芝居していますよね」と喜んでいてね。また、それぞれに「いやー、すごい良かった」と一声掛けて帰っていく。春馬君に言われるとみんな嬉しそうなんですよ。なかでも印象深かったのが、葵ちゃんが演じる遊女のはるが亡くなるシーン。春馬君自身も重たい芝居をしなきゃいけないんですけど、それ以上に葵ちゃんがどうやったら良いコンディションで芝居ができるかに気を使うんです。

――五代がはるをおぶって海を見に行こうとするシーンですね。

田中 春馬君は、あの現場で20分近くも葵ちゃんをおぶったままだったんですよ。さすがに重いだろうから、「春馬君、ちょっと下ろしたらどうだ?」と言ったら「いや、いいです」と。だから、僕は春馬君に背負われている葵ちゃんと芝居の打ち合わせをするわけですよね。葵ちゃんも「春馬さん、下ろしてください。大丈夫ですか?」と言うんだけど「いや、大丈夫。僕も一緒に話を聞くから」と言っておぶったまま、彼女が亡くなっていくシーンの打ち合わせをすると共に自分の気持ちも高めていくわけです。

遊女はる_sub3

 それは彼の自分の共演者を思う気持ちであるけど、座長としての責任感でもあったんでしょうね。五代友厚の墓前祭に僕も春馬君も出席したんですけど、たしか予定になかった挨拶をすることになったんですよ。でも、慌てることなく「主演を務めさせていただく三浦春馬です。こうした歴史を動かした方を演じさせていただくからには、しっかりと演じ切りたい」ときちんとした挨拶をしてね。「春馬君、なんか急に振られたわりには、ずいぶんと大人なまとめ方するじゃない」と言ったら、笑っていました。あのクシャッとした人懐っこそうな笑顔を浮かべてね。

――監督にとって、三浦さんはどのような存在でしたか?

田中 最高の同志を得たという感じですよ。役者と監督というのはどこかしら距離があるものですが、彼はさりげなくその距離を縮めてくれる。つまり、やむをえず来られなくなった翔平君と一緒に本読みをやってくれたりとか、「こういう人はどうだろうか」とキャスティングの相談をしたらその人たちに声をかけてくれたりして、一緒に作品を作ってくれたんですよね。

 撮影をしたのは松竹京都撮影所で、非常に歴史のある時代劇の聖地ともいうべき撮影所なんです。だから、翔平君にしても西川君にしても構えていたところがあった。でも、撮影所の皆さん誰もがにこやかで優しくしてくれたので驚いていました。それもこれもみんなの芝居が素晴らしかったからですよ。京都の連中たちの心を芝居で動かしたところはあります。そして、現場の空気を春馬君が座長として作ってくれた。

――三浦さんは俳優として、どのような形で可能性を広げていったはずだと思いますか。

田中 日本を背負って立つ役者。時代劇ができて、立ち回りができて、運動神経が良くて、ルックスも良い。そして、なにより懐もでかい。現場でみんなが口々に言っていたんだけど、これから日本の時代劇を引っ張っていくのは彼だって。それぐらい迫力があったし、その力を証明してくれた。また「三浦春馬ってこういう芝居するんだ」っていう瞬間にも出くわしました。

 終盤の泣きのシーンは、その真骨頂じゃないですかね。通常、泣きのシーンというのは気持ちを作ってもらって長回しのワンカットで撮るんです。でも、しばらく引きでやっていくうちに春馬君の並外れた集中力や演技が分かってきたので、「もう一回、寄りで撮って同じ芝居ができる?」って訊いたら「やります。できます」と。結果、引きでも寄りでも見事に同じ芝居をしてくれた。

 僕らは寄りと引きのあるシーンだと演技の違いが出てしまうから、それを観客が感じないようにそばにいる人物や話をしている相手の顔なんかを間に入れるんです。いわゆる、切り返しってやつですね。だけど、今回はなにも入れずに春馬君の泣きの演技を捉えた引き画と寄り画だけで繋いでいるんです。それが可能になったのも、彼が見事なまでに同じ演技をしているから。もう、切り返しを入れたら失礼になる見事な演技。編集マンも「監督、これはすごいよ」って唸るくらいでした。

【後編アイコン】五代と妻の豊子_sub4 (1)

――お話を伺って、三浦春馬さんが稀有な役者であった一面にあらためて気づかされます。

田中 僕、最後に春馬君と焼き肉を食べに行ったんですよ。メールで「行こうね」「行きましょう」とやり取りしていたんだけど、なかなかお互いのタイミングが合わなくて。ずっとそんな状態が続いていたけど、最後の最後でふたりだけで行くことになったんです。現場以外で会う春馬君ってどうなのかと思っていたら、やっぱりそのまんま。変わらない。僕は思わず春馬君に「こんな質問しておかしいけど、どうして春馬君ってそんなに真っすぐなの?」って訊きましたよ。

 そうしたら、笑いながら「いやー、そんなことないですよ。僕だっていろいろあるんですよ」と答えていましたね。ほんと、真っすぐでいいヤツですごい役者ですよ。先日の試写会で蓮佛さんに会った時、現場でいろいろと苦労をかけたので彼女に謝ったんです。すると「春馬君がメールと電話で『監督がごめんねって言ってくれてたよ』って伝えてくれました」って。その瞬間、春馬君とごはんを食べた時に「蓮佛さんに謝らなきゃいけないことがあるんだ」と言ったことを思い出したんです。キャスティングのコーディネートだけじゃなくて、そんなことまでしてくれていたとはね。そういった話が後からどんどん出てくるんですよ。そんな俳優、普通はいないですよ。

映画『天外者』
12月11日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国にて公開。
https://tengaramon-movie.com/

ここから先は

0字
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください