新書時評

武田徹の新書時評|真贋は一筋縄で括れない

評論家・専修大学教授の武田徹さんが、オススメの新書3冊を紹介します。

小林秀雄の「真贋」は人気のエッセイだ。大枚払って買った良寛の詩軸が偽物だったと知って憤慨した小林は日本刀で一刀両断バラバラにしてしまう。この威勢の良さに小林ファンは魅了される。

真贋は今でも話題になる。2019年1月には東京湾岸の日の出埠頭で見つかったネズミの落書きが著名なストリート・アーティスト「バンクシー」の真作か否か、論議が巻き起こった。

真贋をどう見極めればいいのか。もちろん専門家の鑑定は頼りになる。充実した内容の毛利嘉孝『バンクシー』(光文社新書)によれば、ネズミ絵はバンクシーが東京を訪ねていた時期に描かれており、真作の可能性が高いという。

市場に出た作品であれば“来歴”に注目する方法もある。オークション会社クリスティーズ日本代表の山口桂は、過去の所有者たちの「名前」と「眼」が作品のクオリティを証明すると『美意識の値段』(集英社新書)で書く。

日の出埠頭の絵は今後どう判定されるのか。都は防潮扉の一部ごと絵を保管しており、真作ならばとんでもない市場価値の作品を手に入れたことになる。

しかし当のバンクシー自身はこうして芸術の価値をマーケットが決めている風潮に実は反発していた。代表作のひとつ「風船と少女」が2018年にサザビーズのオークションに出品され、1億5000万円もの高額で落札された瞬間、額縁に仕込まれていたシュレッダーが作動して断裁された事件は、過熱する芸術マーケットをおちょくってバンクシーが仕掛けた芸術的なイタズラだった。

とはいえ、そこに小林が贋作を一刀両断にしたような爽快感は伴わない。「風船と少女」は切り刻まれて更に価値を高めたからだ。芸術の商業主義化は身を刻んでマーケティング批判をした作品にすら値を付けてしまう。であれば贋物であっても話題性があれば価値が出て“準本物”扱いされかねないだろう。今や真贋は一筋縄で括れないのだ。

『真贋力』(幻冬舎新書)で有馬賴底は「もの自体には、本物も偽物もな」く、たとえば複製品は過去の名品と称された時点で偽物となる。つまり真贋とは「あくまでも人間の側の事情」なのだと書く。至言だと思った。真贋を一刀両断に白黒つけたいと思うのは人の性(さが)なのだろうが、人間の側の事情ばかり気にせずに、作品自体と虚心坦懐に向き合う姿勢も忘れずにいたいものだ。

このように新書には真贋ひとつとっても多様な論点を示す広がりがある。芸術鑑賞の道案内に役立てたい。


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