【67-文化】混沌とした時代にこそSFを読もう!|小川哲
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【67-文化】混沌とした時代にこそSFを読もう!|小川哲

文・小川哲(作家)

SF作家が予言できなかった事象

時として、SF作家は「予言者」と呼ばれる。実際にSF作家は様々な「未来」を予言してきた。インターネットを予言し、震災を予言し、メルトダウンを予言した。スマホを予言し、人工知能を予言し、月面着陸を予言した。新型コロナウイルス感染症が世界的に流行すると、様々なメディアが「パンデミックを予言したSF作品」を挙げた。僕のところにも、そういった作品を挙げてもらえないかという依頼が来たりもした。現にパンデミックを扱ったSF作品は数多く存在するし、その中のいくつかはコロナ下の社会で起こった事柄の一部分をかなり正確に予測していた。

だが、ここで強調しておきたいのは、SF作家の仕事は未来を予言することではないし、正確な未来を知るためにSF作品に触れるべきでもない、ということだ。

たとえば20世紀のSF作家の多くは、電話がいずれ消滅するコミュニケーション手段だと考えていた。当時の作品に描かれた未来では、距離を隔てた人々は「映話」で会話をしていた。「映話」とは映像通話(いわゆる「テレビ電話」)のことで、技術的にはかなり前から可能になっていたが、結局のところ電話が消滅することはなかった。お互いの顔が見えないという電話の技術的に未熟な点が、コミュニケーションにおいて有効に働いたのだ(電話よりさらに情報量の少ない「テキストチャット」が現代のコミュニケーションの主流であることも忘れてはいけない)。SF作家の予言が実現していない例なら、他にも数多くある。核兵器を用いた第3次世界大戦は起こらなかったし、いまだに車は空を飛んでいない。人類は火星に到達していないし、世界政府が誕生する兆しもない。瞬間移動も、タイムトラベルもまだ実現していない。

それと同様に、SF作家が予言できなかった事象も無数にあるだろう(もちろんすべてのSF作品に目を通すことは不可能なので、「誰も予言できなかった」という断言は不可能だ)。たとえば、現在の新型コロナのような性質のウイルスをフィクションに登場させた例はまだ知らない。パンデミックを題材にしたフィクションでは、多くの場合「致死率が非常に高いウイルス」が「誰かの手によって作られ」、「人類は滅亡を回避するために戦う」話になる。新型コロナのように、致死率はさほど高くないが、感染力が非常に強いウイルスによって世界中が苦境に陥る、という形のパンデミック作品は、少なくともSFの主流ではない(映画『コンテイジョン』のように、かなり近しいものは存在する)。

娯楽以上の力

現代において正確な未来を予言することが困難な理由の1つは、技術の進歩とともに、倫理もまた急速に進歩していることにある。たとえば研究開発された新薬は、市場に出回るまでに複雑な試験を通過しなければならないし、人間のクローンは主に倫理的な理由から実用化に至っていない。便利な技術も、社会の基準が変わってしまえば無用のものになってしまう可能性がある。

そういう時代において、現代を、そして未来を考える上では、「人類には何ができるか」を考えるだけでは不十分だ。僕たちは「何ができるか」と同時に、「何をしてはいけないか」も考えなければならない。日々進歩する技術と倫理を天秤にかけ、便利な生活を追い求めながらも、誰かを傷つけずに生きていく必要がある。そして、そのように複雑に変わりゆく環境に適応することまで求められている。

人々は時としてこの変化にうまく適応できずに混乱してしまう。夢のような技術が悪用され、ユートピアがディストピアに反転する。昨日まで常識だと思っていたことが、突然非常識になる。良かれと思って口にした言葉が他人を傷つけてしまう。何が正しくて、何が間違っているかわからず、先行きの見えない未来に不安を感じてしまう。未来を想像することが仕事のSF作家ですら未来がわからないのだから、仕方のないことでもある。

しかし、SF作品にはその混乱を鎮める力がある。SF作品に単なる娯楽以上の何かを求めるのであれば、この「変化」への適応の役に立つという点だろう。正確な未来を知ることはできないかもしれないが、SF作品を通じて変化に対する準備をすることはできるはずだ。

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