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検閲と自主規制 2020年以降の「政治と芸術」

文・辻田真佐憲(近現代史研究者)

 2020年、いよいよ東京オリンピック・パラリンピックが催される。石原慎太郎元東京都知事のように、同大会に国威発揚を期待するものは少なくない。この国は、メディアを含め、スポーツの熱狂に弱い。これまでエンブレムから暑さ対策まで批判も多かったが、開催が近づくに連れ、「水を差すな」の声も高まってくるのではないか。喉元過ぎれば熱さ忘れるとならないようにしたい。

 東京大会を契機として開かれるさまざまな文化イベントのうち、もっとも注目すべきひとつは日本博である。

 日本博は、2015年に設置された「日本の美」総合プロジェクト懇談会(主催・安倍首相。座長・津川雅彦、のち小林忠)で発案されたもので、縄文時代から現代まで続く「日本の美」のアピールなどを目的に、全国各地で美術展や舞台芸術公演などを行う企画だ。安倍首相とも懇意だった津川はこの企画で、擬人画、北斎漫画、富嶽三十六景、アニメーションなどが、一貫して「縄文からのアニミズム」によって成立していることを見せたいと述べている。

 もちろん、日本博が単純な国威発揚の機会になるとは限らない。由来、意義のある展示は、官辺をうまく乗せ、予算を獲得することで行われてきた。ただ、今回は懸念がないわけではない。

 じつは、2019年8月1日から10月14日まで、愛知県で開かれた国際芸術祭・あいちトリエンナーレへの文化庁の補助金約7,800万円は、この日本博の関連予算から支出される予定だった。それが不交付になった顛末はよく知られるとおりである。

 あいトリは、その一企画展「表現の不自由展・その後」で展示された、慰安婦問題を象徴する少女像や、昭和天皇の写真を燃やした映像作品をめぐって大きな話題となった。抗議が殺到し、テロ予告まで発生、企画展は開幕わずか3日で中止に追い込まれた。これを受けて、企画展の実行委は「戦後日本最大の検閲事件」と表明し、参加アーティストの一部は展示の変更や中止を行った。企画展は10月8日に再開されたものの、一連の騒動は、現代日本における表現の自由という問題をクローズアップせずにはおかなかった。

 文化庁は、不交付の理由に手続きの不備を挙げた。だが、その決定に際して、有識者の審査も、議事録の作成も行わなかった。中立性と透明性が疑わしく、これでは「政権に目をつけられそうな作品は控えよう」との自主規制を招きかねない。

 現に戦前日本の検閲官は、やみくもに発禁処分を繰り返すのではなく、「今度同じことをやれば発禁だ」と警告を与えるなどして、出版社や新聞社にうまく自主規制を促し、低コストで効果的に表現を取り締まっていた。このような歴史を踏まえると、事実上の検閲との指摘が今回出てきたのも無理からぬものがある。

 今日、日本各地では地域振興や観光誘致も兼ねて、多くの国際芸術祭が開かれている。その今後を占う意味でも、日本博をめぐる動きは要注意だ。

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