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押谷仁教授が語る「第2波の教訓」 感染症に“強い社会と弱い社会”

新型コロナは社会の壊れたところに襲いかかる——。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会メンバーの東北大学大学院教授・押谷仁氏が「第2波の教訓」を語った。/取材・構成=広野真嗣(ノンフィクション作家)

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押谷氏

国内4800の症例を解析してわかったこと

新型コロナウイルス感染症の6月以降のいわゆる「第2波」のフェーズは、規模としては相当な規模の流行になりました。緊急事態宣言のように強力に人の動きを止めていない以上、ある程度は織り込んでいましたが、想定を超える規模の流行になってしまっています。

7月下旬にピークを迎えて以降の減少スピードが4月、5月と比べると緩やかで、下降が止まったり、やや上昇に転じているところもあり、死亡者も少しずつ増えています。それだけ、第2波の元になったと考えられる東京での流行規模が大きく、その影響が全国にまだ残っていると言えます。

新型コロナの大きな流行が起こるメカニズムには2つのパターンがあります。一つは、2月に韓国・大邱の新興宗教団体のイベントで起きたような、1つのメガクラスターから一気に広がるパターン。もう一つは、クラスターが連鎖するケースで、6月以降の流行のきっかけとなったのはこのパターンだと考えられます。

国内の4800の症例の解析結果によれば、感染者の8割は誰にも感染させず、ほとんどの感染連鎖は維持されずに消えています。感染拡大の規模は、拡大初期のクラスターの大きさにかかっています。10人のクラスターならば、うち2人が家族に感染させることは起こりえますが、確率的にはそこで終わる可能性が高いことになります。100人だと、他の人に感染させる人が20人出る。そうなると、家族から友人へ、そして祖父母が入院する病院へ……と4次感染、5次感染とつながって、なかなか連鎖が消えないのです。とりわけ連鎖が維持される条件を満たしていた新宿・歌舞伎町では、おそらく相当規模の感染者が発生したと推測されます。

もしかしたら、7月のどこかの時点で強制的に人の流れを止め、ブレーキを踏むべきだったのかもしれません。そうしておけば、第2波の全国的な拡大は最小限にできた可能性はあります。ただ、このことは今でも答えが出ません。7月下旬に始まったGo Toトラベル事業は、私たち感染症の専門家が意図したことではありませんでしたが、地方の経済を回さなければ、生活が成り立たない人が生まれることは、専門家もみな、理解していました。

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子供が流行源にならない特徴

「感染拡大防止か、経済再開か」という問題は、一大争点として浮上してきました。しかし、このような対立軸をつくり、双方の論陣に分かれて互いを批判し始めてしまうと、日本の社会は分断され、疲弊していくだけです。

私は、2月に発足した政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(7月に分科会に改組)の構成員として現在まで約8カ月、感染状況を疫学的に分析し、政府が対策を決定するにあたって、専門家として意見し、提案する仕事をしてきました。また、厚生労働省クラスター対策班のメンバーとして、各地のクラスターについて解析をしています。

専門家の一人として私が常に考えていたのは、経済を動かしつつ、重症化し、亡くなる人の数を何とかして抑え込むことでした。現在、1500人を超える方がこの感染症で命を落としています。ご遺族には、心よりお悔やみを申し上げる他ありません。

ただ、人口100万人あたり600人以上が死亡している英国や米国、そして100人超のドイツと比べると、日本は12人程度に抑え込んでいるのも事実です。都内の8月の死者は32人。これに対し熱中症による死者は187人でした。

リスクをゼロにできない中で、このウイルスとどう向き合い、どこまでリスクを許容するか。リスクはコロナウイルスだけではありません。今後出現する新たな感染症は、今回のように死者数を抑え込めない可能性もあります。

今回の新型コロナウイルスは、子供が流行源となることが極端に少ないのが特徴ですが、インフルエンザは全く違います。2009年の新型インフルエンザも、季節性インフルエンザも子供が感染の推進力でした。濃厚接触が日常的な子供同士で感染が広がり、そこを起点に親世代へと広がる場合、今回とは桁違いのスピードで感染が広がります。高い病原性を持つ新型インフルエンザのパンデミックが起きれば、国内で最悪数10万人もの死者が出ることが想定されるのです。

今回の経験で見えてきたのは、このような感染症に「強い社会」と「弱い社会」があるということです。ポスト・コロナ時代に、日本はどのような社会を作るのか。これは感染症の専門家が決めることではありません。改めて皆で考えるべき時期ではないかと思い、今回、インタビューを受けることにしました。

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先進国の暗部を炙り出した

どんな場所でクラスターが発生するのか。海外で典型的だったのは、外国人労働者が働き、生活する環境での大規模なクラスター発生です。

例えばシンガポールの感染者は累計で5万7000人。そのほとんどがバングラデシュなどから来た建設作業員などの外国人労働者です。彼らは、狭い部屋にいくつもの2段ベッドが並ぶ、非衛生的な環境の寮に暮らしていました。

シンガポール政府は、こうした環境下の労働者の感染については、あえてドミトリーレジデント(寮の住民)という区分で統計を発表しています。シンガポールの成長を支えている存在であるにも関わらず、あからさまに、社会の外側に置かれている存在なのです。

米国では、ヒスパニックやアフリカ系の感染率の高さが指摘されています。特に食肉処理場で感染者が1万人近く出ており、その多くはヒスパニックなどの移民。ドイツでも同じく食肉処理場で大規模なクラスターが発生していて、こちらはトルコ系の移民が中心です。共通しているのは、多くの労働者が冷蔵施設の中で働きながら、集団生活をしていること。密閉された冷蔵施設の中では密集して働くことも多く、休憩所やカープール(車の相乗り)さらに集団生活の場など3密環境があちこちにあったと考えられます。

行政の彼らに対するサービス提供も不十分であったと考えられます。感染防止のために発信されている情報にもアクセスできていない。当然、医療へのアクセスも悪いので、流行の検知が遅れて、それが大規模な流行につながった可能性があります。

ウイルスは何も考えていないけれど、各国の社会の暗い部分や闇の部分を巧妙に炙り出していく。これは今回のウイルスの特徴といえます。

日本も、海外から技能実習生の受け入れを増やすなど外国人労働者を増やしてきましたが、経済構造として、彼らの労働力に完全に依存するところまで行っていない。実習生たちは少人数で散らばっています。加えて、彼らは本国では、比較的教育水準が高くリテラシーも高いことが、海外で見られているような大規模な流行が起きていない理由だと考えられます。

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外国人との信頼関係が大事

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