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照ノ富士よ、白鵬になるな 小錦×武蔵川親方

外国人横綱の品格とは?/小錦(元大関)×武蔵川親方(元横綱・武蔵丸)、構成・佐藤祥子

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小錦氏(左)と武蔵川親方(右)

「相撲の心」と「横綱の品格」

小錦 今回、照ノ富士が横綱に昇進したね。「膝がボロボロで短命横綱になるんじゃないか」と心配する声も聞こえるけど、僕は、これから3、4年は行けると思ってるよ。膝がボロボロで大関から序二段まで落ちたけど、そこから上がって来られたわけだから、ケガとの付き合い方も充分にわかっているはず。

いまの照ノ富士の前に出る力強い相撲だったら、これ以上のケガはしないと思う。彼もそれをわかっているから、あの取り口なんだろうね。

武蔵川 照ノ富士の師匠は元横綱の旭富士さん(伊勢ヶ濱親方)だね。これからも師匠の教えを守って稽古して、自分の持てるものを出し切っていけばいいと思う。先場所での千秋楽、白鵬には負けてしまったけれど、九月場所は東西の横綱同士として“横綱相撲”を見せてほしいよ。

今年7月、モンゴル出身の照ノ富士が横綱へ昇進。伝達式での口上は「不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」というものだった。照ノ富士に堂々の横綱相撲を期待するファンは少なくない。

そこで外国出身の力士として先輩となる2人が、ハワイから海を越えて日本の地で学んだ「相撲の心」、横綱に求められる「品格」について存分に語り合った。

1963年生まれの小錦さんは18歳で入門。約2年で幕内に昇進し、そのパワーは“黒船襲来”と恐れられ、外国出身の力士としては初の大関になった。一方、71年生まれの武蔵川親方(元武蔵丸)も18歳で相撲界にとびこみ、曙に続いて外国出身力士では2人目の横綱に。その2人が考える「心技体」とは。

照ノ富士さしかえ

横綱に昇進した照ノ富士

あのヒジは「かち上げ」ではない

武蔵川 まず僕が言いたいのは、最近の白鵬は相手の顔面あたりを狙って、ヒジを入れる技を連発していること。あれはプロレスでいう「エルボー」。「かち上げ」という相撲の技ではないよ。左で思いきり頬を張るのも、まるで「ビンタ」しているみたいだ。以前の白鵬は当たって右4つになって攻めていたけれど、もうそんな形の相撲はとれないということなのだろうね。

右のヒジにサポーターをしているけど、あのヒジ、痛くないんじゃないかな。もしケガをしていたら、わざわざ、痛めているところを使うわけはないよ。あのサポーターはボクシングのグローブの代わりみたい。

ここまで僕が厳しく言うのは、ヒジを顔面に当てると相手が脳震とうを起こす危険があるからなんだ。その後の相撲人生に関わる大きな問題なんだよ。先場所の千秋楽で照ノ富士もエルボーをくらったけど、それに耐えられるくらいに稽古をしているし、白鵬が狙ってくることも充分にわかっていたから、大丈夫だったんだよね。

6場所の休場を経て、7月の名古屋場所に臨んだ白鵬。進退のかかった場所だったが、千秋楽結びの一番で大関・照ノ富士との全勝対決を制し、45回目の幕内最高優勝を決めた。自身の持つ優勝回数の記録を更新したが、その一方で、かち上げや強烈な張り手、雄叫びをあげながらのガッツポーズなどが物議をかもした。

小錦 14日目の大関・正代との一番、白鵬は立ち合いで、俵近くまで下がって仕切っていたよね。あれには驚いたよ。武蔵川親方も「おいおい、巡業の初っ切りか?」と言っていたけど(笑)。

武蔵川 ほんと驚いたよ。いまの白鵬は横綱の取る相撲ではないな。以前から僕は何度も同じことを言い続けているけど、もう疲れちゃった(笑)。

問題なのは、若いお相撲さんたちが横綱の真似をしてしまうこと。昨日今日入ってきたような新弟子や、学生出身力士たちが、横綱の真似して張り手をしているんだから本当に驚くね。昔だったら、若い子がそんな相撲を取るなんてあり得なかったのに。

小錦 白鵬に危険な技を止めさせたり、引退させるべき時期は、もうとっくに越えちゃっていると思う。あんな相撲は先場所だけじゃないからね。

武蔵川 そうだね。一昨年の十一月場所では、遠藤が白鵬のエルボーを食らって土俵の上で崩れ落ち、鼻血を出したことがあった。相撲協会も、乱暴な張り手やかち上げは禁止するルールを作ったほうがいい。以前、エジプト出身の大砂嵐という関取が、エルボーもどきのかち上げをしていたことがあったけど、このときは師匠が止めさせた。白鵬の場合、師匠が言えないからダメなのか、本人が師匠の言うことを聞かないからなのか……。

なぜ何度も休場できるのか

小錦 いちばんの問題は、出ては休み、出ては休みを繰り返している横綱が、土俵に上がれるということじゃないかな。白鵬は何度も長く休んでいるし、今年3月に引退した鶴竜もそうだった。

貴乃花も武蔵川親方も長く休場したことはあったけど、「もう横綱としての相撲が取れない」というので、長く休んだ後は、いさぎよく引退したよね。

大横綱の北の湖さんも、千代の富士さんも、貴乃花も武蔵川親方だって、いまみたいに何度も休場することが許されていたのなら、もっともっと優勝回数が増えていたかもしれない。でも「相撲道を守ろう」「横綱の地位を汚さないように」と引退の道を選んだ。

武蔵川 僕の場合は、引退を決めた当時、正直にいえば「横綱は引き際が大事なんだ」とまでは考えていなかった。でも自分の相撲が取れなくなり、騙し騙し相撲を続けることができなかったんだよ。

小錦 ずっと手首を痛めていたんだよね。

考えてほしいのは、白鵬のように休場を繰り返しても土俵に上がれるということは、協会が彼を「生かしている」ということなんだ。本来なら師匠が引退させるべきだけど、師匠がコントロールできないのなら、協会がストップさせなきゃいけないよ。

白鵬をみていると、「まだやらせてくれるのなら」と、記録を追い求めているだけに思えるね。でも、それを許してきたのは誰? 師匠でしょ? 協会でしょ? やはり協会もビジネス的には横綱の存在が欲しいんだよ。昔と比べて協会が変わったんだと僕は思う。歴代の横綱たちには許されなかったことなんだもの。

武蔵川 お客さんだって、横綱の結びの一番は手に汗握る大相撲を見たいはずなのにね。

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ひじを当てにいく白鵬

大相撲はエンターテイメントなのか

小錦 そう言えば優勝インタビューのとき、白鵬がいきなり万歳三唱をしたり、手締めをしたこともあったよね。休んで出て来て、優勝したからといって、「万歳! 万歳!」「お手を拝借」なんて、やっぱり、おかしいよ。僕は大相撲は伝統文化だと思っているけれど、エンターテイメントとして見る人には、あんなことも楽しいのかな。

武蔵川 「タクシーストップ事件」もあったな。あれは4年前か。嘉風戦で寄り切られて負けちゃった白鵬が、立ち合いに納得がいかなくて、審判の親方たちにアピールするため、土俵の下で手を挙げて、しばらく動かなかった。あそこでいくら手を挙げてもタクシーは来ないのになぁ(笑)。

小錦 ははは(笑)。してはいけないことぐらい、白鵬もたぶん分かっているだろうに。頭もいいんだからね。

白鵬はすごくいいこともやっているのに残念だよ。「白鵬杯」という子どもたちの国際的な相撲大会を10年も続けているけれど、これは本来なら協会が率先してやるべきこと。それを白鵬がひとりで一生懸命やっている。

武蔵川 でも、いまの白鵬の相撲を、子どもたちが真似しちゃうと困ってしまうよ。東日本大震災で慰問の横綱土俵入りをしたりと、せっかく良いこともしているのに、もったいないよ。

ただ、「相撲界に貢献しているんだから、大目にみてあげろ」というのは違うと思う。土俵上の振る舞いと、土俵外の行動はまったく別の問題だからね。

小錦 行動については、海外のプロスポーツのほうが厳しいかもな。

武蔵川 アメリカのNFL(アメリカンフットボールのプロリーグ)でも、選手が組織に迷惑を掛けるような行動をとったら、すぐに処分されてしまう。本当に厳しいよ。相撲界の横綱だからというだけではなく、「プロスポーツマンの心」が大事。すごくシンプルなこと。

僕だって、白鵬の良い行動は、ほめてあげたいと思っているよ。でも、文句を言われるようなことばかりしている(笑)。とくに横綱は協会の看板を背負っているんだから、協会や師匠に迷惑を掛けるようなことはダメ。自分だけの考えで動いちゃうのはダメなんだよ。これだけ優勝回数も重ねているのに残念だよね。

小錦 もったいないよ。

武蔵川 ほかにも気をつけてほしいことはある。

以前、本場所の直前にモンゴル出身の力士たちが集まってゴルフをしたことがあったんだ。このときはさすがに問題になったけど、僕に言わせれば、土俵上で戦う相手と仲良くするのは、おかしいんだよ。

僕は現役時代、巡業先の支度部屋では小錦さんや曙さんと一緒にいることが多かったけれど、じつはプライベートでの付き合いはあまりなかった。

小錦さんが、毎年、自宅でのクリスマス・パーティーにハワイ出身力士たちを呼んでくれたけど、僕はちょっと顔出して一杯だけ飲んで、「明日も稽古がありますから」と、いつもすぐに帰っていたよ。

小錦 そうだったよね。

武蔵川 あの頃の力士は、みんな同じ考えだったと思う。引退してから同じ時代の横綱だった貴乃花や若乃花と仕事で会う機会があったんだ。そのときに話をしたら、こう言われたよ。「現役時代、できるのなら、みんなで仲良くしたくてしょうがなかった。でも戦う者同士だからできなかったんだ。引退してから、いろいろ話せる仲になれればいいなとずっと思っていたんだ」って。

でも今のお相撲さんたちは、みんな部屋を超えて仲良しなの。僕には信じられないよ。僕の弟子には、そこを厳しく指導しているんだ。

横綱曙とともに“ハワイ勢”とくくられ、ときに日本人力士の敵役にされてきた2人だが、相撲に対する思いは熱く、相撲道への理解は深い。その境地にいたった経緯を振り返る。

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入門直後の小錦氏

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