辻田真佐憲

自衛隊の軍歌CDと「燃えやすいコンテンツ」を中和する方法 / 辻田真佐憲

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 靖国神社遊就館の売店は、軍歌CDの充実ぶりでつとに知られている。レコードショップが縮小傾向にあるなか、品揃えでは日本随一といえるかもしれない。

 先日、ひさしぶりにのぞいてみると、ありふれたCDに混じって、『歴史的日本陸軍軍歌集』(2005年)が並べられていて驚いた。これは、自衛隊が制作に関わったCDながら、ウェブ上にほとんど情報がない幻の珍盤だからである。姉妹編に、『歴史的日本海軍軍歌集』(2003年)が存在する。

『歴史的日本陸軍軍歌集』と『歴史的日本海軍軍歌集』。

『歴史的日本陸軍軍歌集』と『歴史的日本海軍軍歌集』

 前者は、白樺録音企画と朝雲新聞が企画制作し、陸上自衛隊東部方面音楽隊が演奏を担当した。後者は、白樺録音企画と海上自衛隊新聞が制作し、海上自衛隊舞鶴音楽隊が演奏を担当した。いずれも、のちに海自東京音楽隊長を務める谷村政次郎が監修者となっている。

 自衛隊の軍楽関係CDは歌詞のないマーチものが多いが、この2枚は(ラッパ譜を除き)すべて歌唱が入っている。つまり、自衛官が「行くぞ敵陣殴り込み」や「興る亜細亜の雄叫びだ」などと歌っているのである。

 戦中世代の逝去にともない、軍歌CDは購買層を急速に失っている。そのため、21世紀以降は、ほとんど新規録音もされていない。軍歌CDは毎夏リリースされるものの、既存の音源の焼き直しばかりだ。

 その点でも、『陸軍』と『海軍』は珍しい。おそらく増産されないので、欲しいひとは早めに確保しておくとよいだろう。

 もとより、ここで自衛隊の軍歌CDがけしからんと言いたいのではない。むしろその内容は、基本的に歴史資料に徹したストイックなものだった。

『海軍』はとくにそれが当てはまる。解説が充実しており、選曲基準も旧海軍の歌集にもとづいており明快だ。歌い方で「おや」というところもない。海自の歌が3曲入っているのも、このCDならでは。海軍軍歌の専門家でもある監修者の面目躍如たるものがある。

『歴史的日本海軍軍歌集』の曲目

 『歴史的日本海軍軍歌集』の曲目

 これにくらべ、『陸軍』はやや見劣りしてしまう。解説がまったくついていないばかりか、選曲の基準も曖昧だ。

 私の手元にあるものなど、ジャケットの紙質が悪く、文字がところどころかすれている。『海軍』にはついている、著作権管理団体の許諾番号さえ入っていない。

『歴史的日本陸軍軍歌集』の曲目

『歴史的日本陸軍軍歌集』の曲目

 さはさりながら『陸軍』は、これはこれで、味わい深いところがある。

 たしかに、「索敵行」で「征くぞロンドン、ワシントン」、「大東亜戦争陸軍の歌」で「朝日かがやく大東亜」と歌ってはいる。ただ、戦前の録音に比べれば、明らかに編曲が緩く、いささか歌い方(とくに女声)も頼りない。それが、逆説的ではあるけれども、かえって「仕事で歌っています」感を醸し出していて、プロパガンダの力を削いでいるのである。

 つまり仏作って魂入れず。といっても、音程が外れているわけではないから、資料としては申し分ない。図らずも絶妙な落とし所になったといえる。

 ここで自衛隊の軍歌CDを取り上げたのは、最近、たまたま関係するできごとがあったからでもある(軍歌は右翼業界の必須コンテンツのひとつなので、アンテナを張っておくと、いろいろな珍事が引っかかる)。

 昨年11月、陸上自衛隊小郡駐屯地第5施設団が、「旧陸軍大刀洗飛行場開設100周年記念行事」の一環として講演会を開き、参加者全員で「特幹の歌」を歌ったとツイッターで発信したことがあった。

『特幹の歌』(清水かつら作詞、佐々木俊一作曲)は、陸軍特別幹部候補生(特幹。アジア太平洋戦争後半に、下士官を大量速成した制度)のための軍歌だ。大刀洗陸軍飛行場はその訓練所のひとつだったので、「ああ 特幹の 大刀洗」などと歌われる。

翼かがやく 日の丸に
燃える闘魂 目にも見よ
けふも 逆らふ雲きれば
風もしづまる 大刀洗
ああ 特幹の 大刀洗

 このツイートに、例によって「けしからん」的な反応が一部で起こった。今回はたまたま大した広がりを見せなかったけれども、場合によっては、「自衛隊で軍歌が歌われている!」とクレームが殺到することもありえた。

 昨今、「あんなやつに講演させるなんて許せない」などと、主催団体に抗議を呼びかける動きがあちこちで見受けられる。だが、冷静に考えてみると、職場で受けさせられる講演など、そもそもそんなに真面目に聞くものではない。適当に聞き流すのがほとんどではないだろうか。

 まして今回は講演会のおまけの歌にすぎない。なんとなく歌っていただけかもしれないし、ほとんど記憶に残っていない可能性だってある。

 昨年、あいちトリエンナーレの騒動があったとき、それを擁護するものは、作品の文脈や芸術祭の全体像を見て判断しなければならないと主張した。であるならば、ほかのイベントについても(可能な範囲で)同様な態度を取るように心がけなければならないだろう。SNSの煽りで脊髄反射して電凸するのでは、ネット右翼と大差ない。

 燃えやすいコンテンツも、文脈次第で内容を中和することができる。いま必要なのは、全肯定でも全否定でもなく、そのような付き合い方を模索し、定着させることではないだろうか。『陸軍』と『海軍』の構成や内容は、そのヒントになるように思われた。

(連載第5回)
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■辻田真佐憲(つじた・まさのり/Masanori TSUJITA)
1984年、大阪府生まれ。作家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『天皇のお言葉』『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(以上、幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)、『愛国とレコード』(えにし書房)などがある。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)など多数。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。


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