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マルトリートメント不適切な養育が子どもの脳を傷つける

文・友田明美(福井大学子どもセンター教授)

 1980年代から「避けるべき子育て」を指す「マルトリートメント」という言葉が海外で広く使われるようになっています。「不適切な養育」とも訳され、子どもの健全な発育を妨げるとされています。虐待とほぼ同義ですが、「子どものこころと身体の健全な成長・発達を阻む養育をすべて含んだ呼称」であり、大人の側に加害の意図があるか否かにかかわらず、また、子どもに目立った傷や精神疾患が見られなくても、行為そのものが不適切であれば、それは「マルトリートメント」と言え、しつけと称して脅したり、暴言をぶつけたりといった心理的・精神的な虐待も含まれます。報道されるような極端なケースでなくても、日常生活の場面において起こりうるものです。子どもと関わる多くの大人が、自分は児童虐待と無関係だと思って見過ごし、日常的に不適切な接し方で子どもを傷つけてしまっている可能性もあります。

「マルトリートメント」が頻度や強度を増したとき、子どもの脳は部位によって萎縮したり、肥大したりするなど、“物理的”に損傷します。その結果、学習意欲の低下や非行、こころの病に結びつく危険性があるのです。もちろん、軽微な「マルトリートメント」では、そのようなことは起きませんが、一度傷を負った脳を、もとに戻すことは容易ではないのも事実です。とりわけ、注意しなければならないのは、養育者である親と子どもの力関係は対等ではないということです。『強者』である大人が、『弱者』である子どもを怒鳴りつけ、体罰を与えるという行為は、わたしたち大人が想像するより強い衝撃を与えます。しつけとは、子どもに恐怖を与えることではなく、正しく導くことが目的でなければなりません。

脳に与えるダメージ

 私はこれまで、外見からはわかりづらい「こころの傷」を可視化するために、脳の画像が撮れる機械を使って、調べてきました。その結果、分かってきたのは、虐待や体罰を受けることで、脳の大事な部分に「傷」がつくということです。つまり、「マルトリートメント」が発達段階にある子どもの脳に大きなストレスを与え、実際に変形させていることが明らかになりました。これまでは、生来的な要因で起こると思われていた子どもの学習意欲の低下を招いたり、引きこもりになったり、大人になってからも精神疾患を引き起こしたりする可能性があることが分かったのです。ですから子どもの脳にとっては、日々、子どもに何気なくかけている言葉、とっている行動が過度なストレスとなり、知らず知らずのうちに、子どものこころ(脳)を傷つけてしまうことがあるのです。

 実際に、親から暴言を浴びせられるなどの「マルトリートメント」の経験を持つ子どもは、過度の不安感や情緒障害、うつ、引きこもりといった症状・問題を引き起こす場合があります。

 なぜなら、過酷な体験がトラウマ(こころの傷)となるからです。人は、あまりにも過酷で耐えがたい体験をしたとき、その体験記憶を『瞬間冷凍』し、感覚を麻痺させることで自分の身を守ります。しかし、その体験は新鮮な状態で丸ごと保存され、類似した音や視覚などの刺激で何度も、何年後でも『解凍』されることがあるのです。最悪なことに、トラウマは成長したあとにこころの病気やDV行為、アルコールや薬物依存などの形で現れることもあります。

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