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塩野七生 大久保利通 日本人へ223

文・塩野七生(作家・在イタリア)

コロナがまだ世界中に禍いをまき散らす前のことだ。東京での夕食の席で、選挙区は九州という政治家が言った。

「西洋史上の男たちは書き終えたのだから、そろそろ日本人に移ってはどうですか。西郷隆盛とか」

「中から下の男や女たちに愛される男には興味ない。大久保ならば、と考えることはあるけれど」

「大久保では、視聴率は稼げませんよ」

しかし、世界史的に見ても、明治維新は成功した革命であったのだ。近代国家に移行する基盤としてもよい、廃藩置県をやりとげることができたからである。

日本史では北条時代になる西洋中世に生きた皇帝フリードリッヒ2世を書いていた頃にしばしばわきあがったのは、ああこの人は廃藩置県をやりたかったのだ、という想いであった。それが果せなかったのは敵側、つまり既得権階級であるカトリック教会が、いまだに強大な影響力を持っていたからである。一方、650年後とはいえ日本で現実化できたのは、朝廷は弱く幕府側も弱体化していたからである。大改革は、「時」に恵まれなければ成功しない。それに加えて、「人」にも恵まれなければ成功できない。1871年、廃藩置県の詔勅を出す前の夜、大久保利通は日誌に記す。

「今日のままにして瓦解せんよりは、むしろ大英断に出て瓦解いたしたらんに如ず」

維新成功の因の一つは、そのスピードにもあった。

1867年―大政奉還・幕府滅亡
1869年―版籍奉還
1871年―廃藩置県
1873年―徴兵令
1876年―廃刀令

これはもう、鎌倉時代に始まる武士階級の全面的な壊滅ではないか。それに反発したサムライたちによる武力行動が、この年に集中して起ったのも当然である。佐賀の乱から始まったのが、神風連の乱、秋月の乱、萩の乱、そして次の年に起る西南の役に至るまで。

たしかに、最後のサムライたちの血は流れた。だが、日本中を二分する内戦にまでは行かないで済んだ。つまり、大改革には避けて通れない人的犠牲を、最小限に留めることにも成功したのである。

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