新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
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人びとの不安解消のために必要なのは「知識のアップデート」|三浦瑠麗

★前回の記事はこちら。
※本連載は第35回です。最初から読む方はこちら。

 前回の記事では、三つの提言を出しました。①人々の行動を理解し予測し、コストとベネフィットを天秤にかけたうえで対策を決めるという姿勢を明らかにすること。②次は全国一律・全世代一律で自粛要請を出すのではなく、高リスクのグループに集中して、短期間の、補償や健康維持対策などを伴う自粛要請を出すこと。③医療体制の拡充にこそ政治や行政の権限を発動すべきこと。

 弊社の新型コロナウイルスに関する第2回調査では、新型コロナウイルスによる死者を減らしつつ、経済死を避けるための方策として、重症化リスクの高い人にのみ行動制限を要請し、高齢者施設などのハイリスク集団を防護しつつ、その他の人に経済を回してもらうという案を示して賛否を尋ねました。すると、実に7割近くの人がその案に賛成しました。反対は1割強にとどまり、多くの人が前向きです(グラフ1)。興味深いことに、実際にハイリスク集団として行動制限を要請される側である高齢世代の方がむしろ賛成の度合いは高く、若年層のほうがむしろ高齢世代の感情に配慮していることが窺えます。政治が有権者の多くを占める高齢者に必要以上に忖度している結果として、このようなメリハリのある対応ができていないということなのでしょう。

グラフ1

【グラフ1】重症化リスクの高い集団とそうでない集団とを分けた行動制限の可否

 しかし、同時に高齢者はまったく出歩かなければ健康を害します。要介護度が上がったり、彼ら自身の生活の福祉が低下したりします。だからこそ、社会のために全体最適の観点から高齢者を隔離するという発想だけでなく、彼ら個人にとってコストとベネフィットが合うように、支援を含めて行動制限を設計すべきでしょう。本人が出歩きたくなければ出歩かないで便利に生活ができるように、そして自粛要請を出すとしても短い期間に抑えることと、健康に対する特別の支援を行うなかでそうした要請を出すことです。肥満やその他の持病を抱える方も、同様にハイリスクグループですが、目的は彼らの健康を守ることですから、生活の仕方や健康管理に関してオンラインでの診療やアドバイスを行っていくことが望ましいでしょう。

 ハイリスクの高齢者施設や病院の防疫体制の強化はもっとも重要です。病院と介護施設の職員や入居者・入院患者に対しては、PCR検査の体制を拡充すべきでしょう。ただし、検査に関してはこのようなリスクに応じた理由ではなく、経済活動をなるべく順調に回すためという文脈で言及されることもあります。典型例が、政府の「基本的対処方針等諮問委員会」メンバーの経済学者・小林慶一郎氏(東京財団政策研究所研究主幹)の人びとの安心のために検査を拡大すべきという意見でしょう。このインタビューの内容を踏まえると、科学的な理由というよりもむしろ人びとの不安にこたえ、「安全な経済活動」の説明責任を果たすという意味で、検査体制の拡充を提言したものと思われます。実際、弊社調査で、第二波が想定される中で今後のPCR検査体制をどうすべきかについて尋ねたところ、予算をふんだんに投じ、大幅に拡充すべきだとする意見が3割、ある程度拡充すべきだとする意見が約半数を占めました(グラフ2)。検査体制の拡充を望んでいる若年層は7割台であるのに対して、70代以上の高齢者層では約9割で、年代が上がるほど拡充を望んでいる傾向にあります。このように、健康不安にかかわる対策については、人びとは従来の枠組みを超えた対応を求める傾向にあります。しかし、医療関係者からは検査をそこまで増やすことへの反対や疑問の声があがっており、検査拡大にあたっては様々な影響を総合して考えなければいけないでしょう。重要なのは目的であって、手段ではありません。人々の不安を取り除くには何が最も効果的なのでしょうか。

 一つの手段として、行動制限をなるべくせずに感染の拡大を抑える方法として注目されているのが接触確認のアプリです。政府は接触確認アプリCOCOAの導入をはかっていますが、これはダウンロード数が582万超(7月6日時点)とかなりの数に上っています。行き過ぎや悪用の可能性には常に注意が必要ですが、今回のアプリは利用が任意であり、データが14日間で消去されていく仕組みや個人情報が特定されないことから、悪用の可能性をできるだけ排除したものということができるでしょう。

 人びとは健康不安に関してならば、私権制限や監視を受け入れる傾向にあります。弊社の調査でも、感染者を追跡するためのアプリの導入については多くの人が肯定的です。新型コロナウイルス感染が判明した人が誰と濃厚接触したか、行動をさかのぼって追跡するため、プライバシーに配慮しつつ携帯電話の位置情報や接触情報などを追尾するシステムが社会に導入されることについてどう思うかについて尋ねたところ、常に利用したいと答えた人が24%、追跡システムのスイッチのオンオフ機能を活用して利用したいと答えた人が35%にのぼりました。導入には反対しないが、自分は利用しないと答えた人が21%、導入そのものに反対したのはわずか6%でした(グラフ2)。

グラフ2

【グラフ2】PCR検査体制の拡充と追跡アプリの導入についての意見

 もう一つの手段は、これこそ王道ですが、感染症としての新型コロナウイルスに関する正しい、常にアップデートされた知識を広めることです。

 弊社の調査では、新型コロナウイルスの脅威の受け止め方について、罹患したときの致死率が実際には想定されていたよりも低いという情報が明らかになれば不安は多少下がるものの、感染の広がりについては依然として強い恐怖が存在し、容易に改善しないということが分かりました。日本社会においては、これまで強い自粛圧力が生じていましたが、「自粛警察」的な動き、それを助長するような社会の雰囲気も、元をたどればこのような強い不安から来ていると考えられます。割合から行くと、およそ半数の人がゼロリスク論に傾斜しており、新しい情報に接しても容易に態度を変えない傾向にあります(グラフ3)。

グラフ3

【グラフ3】抗体検査や集団免疫の閾値などの情報に接した場合の脅威見積もりの変化
Q:厚労省や東京大学などが新型コロナウイルス感染後に回復した人がもつ「抗体」を調べる検査を行ったところ、東京では0.6%の人に抗体が見つかりました。実際の感染者数は公表されているよりもずっと多いことが考えられます。これは、新型コロナウイルスにかかった人の中で命を落とす確率はもっと低くなり、インフルエンザより少し高いレベルにとどまると考えられます。このことを踏まえ、新型コロナウイルスについてあなたの考えにもっとも近いものをお選びください。
Q:感染症にかかった人の割合が十分に広がると感染の拡大が止まることを、集団免疫といいます。これまで欧州などでは最終的に6~8割の人が新型コロナウイルスにかかるだろうといわれてきましたが、欧米のように被害が大きい所でも、感染者が4割以下で感染が止まる可能性が高いということが研究で指摘されました。日本の厚労省クラスター対策班の専門家もそれを認めています。それを踏まえて、あなたの意見にもっとも近いものをお聞かせください。

 生活を続け経済を復興させるうえでは、この半数の人びとの不安を現実に即したものへと日々アップデートしていく必要があると思われます。そのためには、やはり想定される致命リスクの低下に関する情報がもっと発信されるべきですし、例えば抗体が消える場合があるという報道ばかりでなく、抗体が消えたあとにも免疫反応を示したという研究についても積極的に並べて取り上げるべきでしょう。

 人びとは、いくら知識を得ても石鹸での手洗いやマスク着用、大人数で飲み食いせず大声で話さないことくらいしか実際のところはやれることがないのですが、テレビの前に釘付けになって得られる情報がネガティブな、命の危険を感じさせるものばかりならば、それはゼロリスクに流れがちでも当然だろうと思います。正しく恐れるためには、感染者数ばかりに注目して曖昧な不安を掻き立てるコミュニケーションではなく、きちんと複数の、ときにトレードオフ関係にあるリスクを並べて考えてもらう姿勢が必要なのではないでしょうか。

 次週は、ホストクラブやパチンコ、K-1といった社会の中ではじかれやすい存在が新型コロナウイルスに関してどのように捉えられてきたのか、自粛警察に関する民意の現実を取り上げます。

★次週に続く。

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
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