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天皇“ご懸念”でも菅は止まらない |赤坂太郎

世論も専門家の提言もスルーの裏で、密かな政権延命工作が。/文・赤坂太郎

「サミットは俺が動かした」

6月14日夕、英国コーンウォールでのG7サミットから帰国したばかりの菅義偉首相は、官邸の首相執務室で二階俊博幹事長、林幹雄幹事長代理、森山裕国対委員長と向き合っていた。3人の用向きは、16日の会期末を控え、野党が求める国会会期の延長を巡る対応だ。野党の要求拒否を早々に確認すると、話題はサミットに移った。

「決まったメンバーであれだけ長い間議論していると、首脳同士は自然と親しくなる」。各国首脳と親密な関係を築けたと自慢する菅が放った次の言葉に、3人はあっけにとられた。

「サミットは俺が動かしたようなもんだ」

官邸を後にした出席者の一人は「初めてのサミットだったせいか、菅も相当舞い上がってるな」と漏らした。

サミットで、当初困難視された首脳声明への台湾情勢明記を、外形的にはバイデン米大統領と連携しながら欧州各国を説得し実現した。確かに菅も中国に融和的なドイツのメルケル首相に働き掛けるなど一定の役割を担ったが、実際は「バイデンの使い走りは言い過ぎだが、副使みたいなもの」(同行筋)に過ぎなかったという。

そもそも経済重視の菅は、最大の貿易相手国である中国との摩擦は避けたいのが本音だ。とはいえ尖閣周辺で中国公船領海侵入が続く現状では、極東での米国のプレゼンスが不可欠だ。心ならずも対中強硬姿勢のバイデンとの連携を密にしている節がある。

中国が主要議題となった2日目の討議では、菅はプレゼンターのセドウィル元英国首相補佐官(安全保障担当)に続くリードスピーカーの一人だったが、そのことも公表していない。外務省が発表した菅の発言内容は、東・南シナ海での一方的な現状変更の試みなど「中国を巡る様々な問題に深い懸念を表明」したとわずか数行だった。帰国から3日後の記者会見で「対中包囲網なんか私どもはつくらない」と思わず内心を吐露している。親中派で知られる二階は菅の板挟みの心境を見透かすように「対中包囲網なんかできっこないよ」とうそぶいた。

それでも菅の高揚は止まなかった。最大の眼目であった東京五輪・パラリンピック開催支持を各国首脳から取り付け、事実上の「国際公約」に持ち込んだからだ。新型コロナウイルス対応を巡って政権に対する世論の不満は根強い。その反転攻勢のきっかけが五輪。五輪成功を政権浮揚につなげ、衆院解散・総選挙に打って出て勝利を収めるという青写真を温める。その第一歩がG7の五輪開催支持だ。

さらに、首相として初めて臨んだ通常国会の閉会が直前に迫っていたことも、菅の高揚に拍車をかけた。振り返れば、いつ政権が崩壊してもおかしくない局面の連続だった。1月18日の開会直前、菅はコロナ第3波の対応を見誤り、2回目の緊急事態宣言発令を余儀なくされた。当時予定されていた4月の衆参の2補選を巡り、自民党の下村博文政調会長は「2つ負ければ政局になる可能性がある」と発言した。閣僚経験者は「実はこの通常国会は『菅おろし』と隣り合わせだった」と指摘する。加えて、自身に近い吉川貴盛元農相や西川公也元農相、菅原一秀前経済産業相らによる政治とカネの問題、長男に端を発する総務省接待問題、4月の衆参3選挙で全敗……。

国会が閉じれば、「菅おろし」の風もやむ。首相側近は「サミット、通常国会を終え、ようやく『解散権』を手中に収めたという気持ちだろう」と菅の思いを読み解いた。

菅義偉氏 (1)

菅首相

専門家からの提言は無視

だが、コロナが高揚に水を差す。

「ワクチンの接種率が3割行けば雰囲気が変わる。五輪と関係のない専門家が、なんでそんなことをしようとするんだ」。6月に入り、菅は政府の新型コロナ感染症対策分科会の尾身茂会長ら専門家有志が五輪開催を巡る提言を出そうとする動きに対し、周囲に怒りをぶつけ続けた。周辺が「政府と専門家の二人三脚でしか感染症対策ができないと尾身さんは理解しています。専門家としての矜持を示したいだけで、政府方針を根本から崩すようなことは言わないでしょう」となだめても、菅の苛立ちは収まらなかった。

五輪を観客入りで盛り上げ、五輪後の衆院選につなげる――そのシナリオを専門家が妨害しているとしか思えなかった。ましてや菅自身が「勝負をかけて」取り組むワクチン接種が順調に加速化しつつある矢先だ。「専門家のせいでコロナの感染が拡大したんだろ」と八つ当たりするほどだった。

菅は西村康稔経済再生担当相に、(1)五輪中止を求めない(2)無観客開催も求めない(3)この2つが飲めるなら有志ではなく6月16日に分科会として提言する(4)飲めないなら提言は6月17日の首相記者会見後とする――などを条件に尾身と折衝するよう指示した。

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