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【34-国際】「アラブの大義」で注目されるサウジの動向|小森保良

文・小森保良(朝日新聞記者)

イスラエルとの国交のハードル

「ノースタンプ・プリーズ」。イスラエルに入国する際、旅行者の多くはそう申し出た。パスポートにイスラエルのスタンプが押されると、アラブの国で入国を拒否されるリスクがあるためだ。遠い日本からやって来た者にもイスラエルがアラブ諸国と緊張関係にあり孤立していることを意識させられる時だった。「ノースタンプ」は過去のものとなるだろうか。

イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンが2020年9月15日、国交を樹立する合意文書に署名した。米国は10月、スーダンもこれに続くと発表した。これでイスラエルが正式に国交をもつアラブの国はエジプト、ヨルダンに加え、5カ国となる。仲介した米国のトランプ大統領は、追従する国が複数あるとの見通しを示し、アラブが次々とイスラエルになびくかのような印象を与えた。

イスラエル建国(1948年)とともに第1次中東戦争が勃発し、イスラエルとアラブ連合軍はぶつかった。アラブとして1つになり、パレスチナ解放のため戦うことは「アラブの大義」と呼ばれた。だが、イスラエルは米国などの支援もあってしだいに強国となり、計4度の戦争を経ても解放は果たせない。サダト大統領率いるエジプトは親米路線への転換とともに1979年、イスラエルとの国交樹立に踏み切る。最初に大義を「裏切った」代償は大きく、アラブ連盟から追放され(1989年復帰)、1981年にサダト氏はイスラム過激派によって暗殺される。2番目のヨルダンの場合は状況が違った。イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)が1993年にオスロ合意(暫定自治宣言)にこぎ着けた翌年の平和条約締結だったためだ。PLOとイスラエルによる相互承認後の国交樹立には強い非難の声は上がらなかった。

その後カタール、オマーン、モロッコ、チュニジアなどが国交樹立の手前ともいえる通商関係をイスラエルと築く。2000年代にパレスチナとイスラエルの衝突が続いたため途絶するが、イスラエルと関係を結ぶことへのハードルは、オスロ合意を機に低くなった。

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