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めちゃ面白い“グローバル起業家”梅屋庄吉の人生から学ぶこと 出口治明の歴史解説“特別編”

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2019年11月のテーマは、マネー(お金)です。

★前回の記事はこちら。

【特別質問】前回の講義で登場した梅屋庄吉(1869~1934)は魅力的な起業家ですね。でも、中国の革命活動を支援したことでも知られています。あそこまで支援をしたのは何故なのでしょうか?

 梅屋庄吉は、当時の最先端技術だった映画で大成功を収め、その一方で孫文の革命活動に資金援助を惜しみませんでした。映画で稼いだおカネのほとんどを投じたともいわれています。

 そうなると、単なるパトロンではありません。おそらく梅屋さんは、自分も孫文といっしょに革命に参画している気持ちだったのでしょう。

 二人は1895年に香港で出会いました。梅屋さんが27歳、孫文が29歳の頃です。

 写真技術を学んだ梅屋さんは、香港で写真館「梅屋照相館」を経営していました。二人はそこで出会い、たちまち意気投合します。アジアの未来について夜遅くまで語り合い、清朝を倒すという孫文に、梅屋さんは「君は兵を挙げたまえ。我は財を挙げて支援す」と約束したそうです。

 孫文の影響を受けた中国の人々が、アジアで最初の共和国を建設しようと蜂起したのは16年後。1911年に始まる辛亥革命です。

 現代の感覚では「日本人が中国の革命を支援するなんて、どんなモチベーションがあるんや?」となるでしょう。それは私たちにネーションステート(国民国家)の概念が沁み込んでいるからです。

 当時の人々には、「自分は日本人」という意識は希薄だったと思います。数十年前まで、日本は約300の藩からなる連邦国家だったのです。まだ、日本という国家ができつつある途中でした。とくに梅屋さんは、10代半ばで海外に出たのでそれが顕著だったのかもしれません。

 梅屋さんは1868年(明治元年)に、長崎で貿易商を営む家に生まれました。出島という海外の窓口があった長崎で、貿易商の息子として育つ。羨ましいほど、グローバルな感覚が身につく環境です。だから14歳になると、店のカネを持ち出して、上海に密航します。船に乗れば1日で着く上海は、明治政府がある東京よりずっと近くに思えたのかもしれません。

 現在なら中学2年の多感な時期に、“魔都上海”と呼ばれた国際都市の空気を吸う。アヘン戦争(1840~1842)に負け、半植民地化した中国の姿を目の当たりにする。そのような体験は、梅屋さんのグローバル感覚をさらに育んだと容易に想像できます。実際、18歳でアメリカ遊学を志して出発しましたが、途中で船火事が起こって断念しています。

 孫文も同じです。広東省の農家で生まれながら、12歳でハワイのホノルルに移住しています。5年ほど現地の学校に通い、彼が西洋思想に染まるのを心配した家族は、中国に連れ戻します。しかし西洋文明に触れた孫文は、連合王国(イギリス)の植民地だった香港で医学を勉強し、ポルトガルの植民地だったマカオで病院を開業します。梅屋さんと出会ったのは、1894年にハワイで革命団体を組織した翌年のことです。

 こんな二人が大いに盛り上がらないはずがありません。梅屋さんは、日中の親善、東洋の興隆、人類の平等について意見が一致したと書き残しています。

 梅屋さんは18歳でアメリカへ渡ろうとしたとき、船のなかで凄まじい光景を目撃しました。アメリカ人の船長が、コレラに罹患した中国人の乗客を袋に詰めて、海に投げ捨てた場面です。もしそれが西洋人だったら海に捨てたかどうか。半植民地化された上海でも、「中国人は立ち入るべからず」という看板や欧米人に虐げられる中国人の姿をたくさん見たそうです。

 10代からグローバル感覚を養った梅屋さんには、「自分は日本人」という意識よりも、「自分はアジア人」という意識のほうが強かったのかもしれません。孫文の革命思想には、清朝を打倒したのちに、欧米列強との付き合い方を対等に見直すことが含まれています。そう考えれば、梅屋さんが孫文が亡くなるまで支援しつづけたのはアジアの同胞意識だったといえるでしょう。

 二人の友情は本当に深かったと思います。1925年に孫文が逝去すると、梅屋さんは孫文の銅像4体を制作して中国に寄贈しました。これにも、現在のお金の価値でいえば億円単位をかけたそうです。孫文の業績を後世に伝えたい、という強い思いからでしょう。

(連載・特別編)

■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。また、読者の皆さんに出口さんに聞いてみたい歴史の質問を募集しています。「マネー」「リーダー」「食べ物」「親子関係」をテーマにした歴史の質問をどんどんお寄せください。「#出口さんに聞きたい歴史」をつけてnoteに投稿していただくか、mbd@es.bunshun.co.jpまでメールでお送りください。



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