見出し画像

眞子さまの恋を「皇室結婚史」から考える——林真理子「李王家の縁談」完結対談

林真理子氏による本誌連載小説「李王家の縁談」が今号で最終回を迎えた。

明治時代に旧佐賀藩藩主、鍋島直大(なおひろ)の娘として生まれ、19歳で梨本宮家に嫁いだ伊都子。皇族となり2人の娘を儲けると、長女を朝鮮王家に、次女を伯爵家に嫁がせるなど家柄を重んじた縁談を次々に進め国に尽くした。物語は、彼女の日記を紐解きながら描かれる。


今、皇室の結婚といえば話題になるのは、眞子さまと小室圭さんの一件。
「皇室の結婚史」から、林真理子さんと歴史学者・静岡福祉大学名誉教授の小田部雄次さんが眞子さまの恋について語り合った。

画像1

林氏(左)と小田部氏(右)

縁談で国に尽くした梨本宮伊都子の日記

林 ご無沙汰しています。今回はZoomですが、小田部先生には連載が始まる前お目にかかり、小説の題材となった梨本宮伊都子(なしもとのみやいつこ)妃を中心にいろいろ教えていただきました。

小田部 「李王家の縁談」の連載も、とうとう最終回を迎えられたのですね。1年4か月もの間、おつかれさまでした。毎号とても興味深く拝読していました。私は歴史学者として皇室を中心に長く近現代史を研究していますが、研究者というのは動物でいうところの骨格や化石だけを調べるんです。でも林先生の小説を拝読していると、作家の仕事は、その骨格や化石をもとにまだ明らかになっていない部分まで想像力で肉付けしていく、要は、一つの動物を作り上げることなんだと感じました。

林 ありがとうございます。昨夜かなりぎりぎりで最終回を書き終えたばかりで、ひとまずほっとしています(笑)。先生のご著書『梨本宮伊都子妃の日記』がなければ、とてもこの小説は書けませんでした。

小田部 こちらこそ使っていただいてありがとうございます。伊都子は77年と6か月もの間、ほとんど毎日欠かさず書き留めていますから面白いですよね。今でいう“書き魔”だったのでしょうが(笑)、日本が日露戦争や第一次世界大戦を経て強国となり、日中戦争、太平洋戦争等を経験、一転敗戦国として復興へと歩む様子を、華族、皇族、そして一市民となった立場から記録し続けているんです。明治、大正、昭和と3代にわたる皇室を最も近くで見てきた者の生の声という、非常に貴重な資料です。

(小田部氏提供)書を書く伊都子 001

梨本宮伊都子

小田部 これまで、伊都子の長女方子(まさこ)なら方子、姪で皇室に嫁いだ勢津子(せつこ)なら勢津子というように一つ一つの結婚が描かれることはありました。けれど、それを伊都子という一人の女性の視点を通して結び付け、皇族の結婚をめぐる一つの物語にしているのが「李王家の縁談」の面白いところですよね。

林 ありがとうございます。伊都子は侯爵家に生まれ皇族に嫁ぎましたが、自らの立場への意識が人一倍強いですよね。

小田部 彼女の日記を読んでいて面白いのが、結婚後の両親の呼び方。それまでは「御両親様」と書いているのですが、結婚してからは「直大様」、「鍋島御夫妻」と書くようになる。実の両親を、ですよ。娘といえど、皇族に嫁いだ自分の方が身分が上だという意識があるんでしょう。いろいろ思い悩んだのか、すぐに、「御両親様」に戻っているのですが(笑)。皇族としての強い自覚がうかがえます。

林 私たちなんて「下々の者」とか言われそう(笑)。

小田部 私は、日記を研究していることを知った知り合いに「もし伊都子さんが生きていて日記を読まれていると知ったら、『この無礼者』と叱られただろうね」と言われてしまいました。彼女の生きた明治から昭和にかけては特に、地位や身分という意識をしっかり持たされたのでしょうね。

林×小田部①

梨本宮伊都子妃(左)と娘たち

正田美智子という衝撃

林 日記を読んでいると伊都子って本当に面白い。空襲で家が焼けたとき、近くの娘の家に行くと安心してぐっすり眠れた、なんて書いてありましたが、いかにも皇族妃らしい。家なんて焼けてもまた誰かが建ててくれる、って思ってるんですよね。

小田部 そうそう。鷹揚というか育ちが良すぎたというか。その一方、医学の知識が豊富で、外国も訪れていたし合理的なものの見方もできて、時代が時代なら医者になっていたかもしれません。

林 お友達にはなれないでしょうけど、非常に面白い方ですね。彼女の日記の中でなんといっても印象的なのは正田美智子さんの婚約内定エピソード。戦後、皇族の立場を奪われ一市民となった伊都子がテレビをつけると、見たこともない美しい女性が映っている。御両親と婚約発表会見に臨む姿に、伊都子はものすごく憤慨するんですよね。

画像9

婚約当時の美智子上皇后(宮内庁提供)

小田部 日記の中でも自分の両親を名前で呼ぶほどに皇族としての立場を大切にしてきた伊都子にとっては、皇族どころか華族の出身ですらない一女性が皇室に入ることなど理解できなかったのでしょう。美智子さまは、皇族が代々学ばれた学習院のご出身でもありませんし。家柄を重視する縁談に奔走してきた彼女にとって、今の上皇さま、上皇后さま(美智子さま)のご結婚は受け入れがたかったのだろうと思います。

林 特に長女を李王家に嫁がせたことは、政略結婚の意味合いも強いですものね。ある意味自分の娘を犠牲にしてまで“縁談おばさん”として国のために尽くしてきた伊都子からしたら、軽井沢でテニスをする姿を見初めたなどという馴れ初めは、とても信じられないでしょう。

小田部 戦前は、皇后になれる人の身分が法律で決められていたくらい。このお二人の結婚を機に、皇室における自由恋愛の雰囲気が生まれたなんて言われていますね。

(小田部氏提供)伊都子と守正 001

伊都子と守正

どこか欠けた結婚観

林 その後、秋篠宮殿下と紀子さま、天皇陛下と雅子さまと自由恋愛の風潮が続きますが、驚いたのが眞子さまと小室圭さん。2017年に婚約が報道されたときには世の中が祝福ムードに包まれましたが、数か月後、小室さんの母親の借金問題が明らかになると一気に非難されるようになりましたよね。私もはじめは、「お二人がそんなに愛し合っているのなら許してあげたら」という感じでしたが、だんだんと「よくもまあひっかき回してくれて」なんて思うようになりました。圭くんの登場で、私たちの皇室観はすっかり変わってしまったような気がします。

ここから先は

4,615字 / 5画像
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください