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福岡伸一 ウイルスとは共存するしかない|特別寄稿「 #コロナと日本人 」

新型コロナウイルスは、世界の景色を一変させてしまいました。文藝春秋にゆかりのある執筆陣が、コロナ禍の日々をどう過ごしてきたかを綴ります。今回の筆者は、福岡伸一氏(生物学者、青山学院大学教授)です。

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野口英世の研究成果

日米を往復する生活がここ何年か続いている。私が、米国での研究拠点にしているのは、ニューヨーク市にあるロックフェラー大学である(ロックダウンに伴い、コロナ以外の研究は一時停止措置になっている)。生命科学研究に特化した大学院大学ゆえに、若い学生がキャンパスを行き来する姿もなく、道行くニューヨーカーですら、マンハッタンのどまん中にこんな研究施設があることを知らない人も多い。ロックフェラー大学は、その名のとおりロックフェラー財閥によって設立され、以前はロックフェラー医学研究所と呼ばれていた。いまから百年ほど前、かの野口英世が研究員として在籍していた。貧しい農村に生まれ、ハンディを抱えながらも、立身出世を果たし、お札の肖像にもなった偉人。日本では野口英世を知らない人はいないが、ここロックフェラー大学では、私のような日本人研究者以外、Hideyo Noguchi の名を知る人はほとんどいない。野口英世は、1900年代初頭、数々の病原体を発見して名を成したが、彼の研究成果は時間の試練をくぐり抜けることができなかった。

1918年6月、野口英世はニューヨークから南米エクアドルの商都グアヤキルに急行した。黄熱病が流行し、混乱を極めていたからだ。野口は患者から得た試料を培養し、顕微鏡観察によって、スピロヘータに似たらせん状の病原体を発見、レプトスピラ・イクテロイデスと命名した。この早業にエクアドルの人々は驚愕の賛辞を惜しまなかった。

しかし、この”発見”は間違っていた。黄熱病の真の原因はウイルスであり、ウイルスは野口が使っていた光学顕微鏡では見ることができない極小の粒子だった。光学顕微鏡では1マイクロメートル内外の細菌やスピロヘータを確認することはできても、それより十分の一から百分の一も小さいウイルスを視認することは理論的にも実際的にも不可能だった。その後、野口はアフリカに遠征し、研究対象である黄熱病に罹患して悲劇的な死を遂げた。彼の死後、1930年代になって高倍率の電子顕微鏡が登場して初めてウイルスの存在が立証された。

ウイルスとは何者か

人間の細胞をサッカーボール大とすれば、細菌やスピロヘータはゴルフボールかパチンコ玉、ウイルスはゴマ粒かケシ粒ほどしかない。こんな極小の粒子に、私たちの世界は今、徹底的に翻弄されている。

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