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天安門から30年 中国は民主化せずに経済発展したという「認めたくない事実」

文・富坂聰(拓殖大学海外事情研究所教授)

 1949年10月1日午後3時、毛沢東は広場に集う30万人軍民に向けて呼びかけた。

「同胞たちよ。中華人民共和国は、今日、成立した」

 あれから70年――。

 中国共産党(以下、共産党)の今年の最重要任務は、新中国成立70周年記念行事(以下、建国70周年)を成功に導くことだった。

 香港の学生デモという内憂はもちろん米中貿易戦争という外患さえ、9月に入ると北京の関心から遠ざかった。

 世界を震撼させた流血の惨劇、天安門事件は、発生からひっそりと30年を迎えた。

 香港の混乱、天安門事件30年、そしてアメリカとの衝突という逆風の中、それでも中国はどこ吹く風とばかりにイベントへと邁進し、発展した中国を世界にアピールした。

 本稿では、建国70周年と天安門事件30年を同時に扱おうと思うが、それは2つに共通する1つのテーマがあるからだ。では、2つに共通するテーマとは、何なのか。その正体は中国を見守る西側先進国の「迷い」だ。

 いったい何を「迷う」のか。

民主化の公式は通じない

 答えは大別して2つある。1つは中国が経済発展した現実への戸惑いだ。非効率の象徴・社会主義体制の国が、なぜ高速発展を遂げられたのか。しかも発展してもなお民主化とは無縁のまま伸び続け、いくつかの分野では業界をリードし始めている。発展すれば民主化はマストと考えていた西側先進国は裏切られ、同時に自分たちが金科玉条としてきた民主化の公式は通じないのか、という「迷い」に陥ったのだ。

 2つ目の「迷い」は、道徳・倫理の視点だ。天安門事件(第2次)に象徴されるように、西側先進国の国民の目に映る中国共産党は、民主化を求める学生たちを力で排除した非道な政権である。そんな政権は、89年から90年にかけてあったルーマニアのチャウシェスク、東ドイツのホーネッカー、ポーランドのヤルゼルスキのように、最後は国民からそっぽを向かれたり罰を下されたりする政権であるべきだった。

 だが、共産党政権は生き長らえ、それどころか、いまでは伸び悩む先進国経済を横目に、なお旺盛な成長を国民にもたらしている。

 この「認めたくない事実」は、西側先進国が信じて疑わなかった自由主義の優位性に疑問符を投げかけ始めている。

 天安門事件後、国民の共産党への信頼は地に落ちた。しかし、その同じ共産党が30年後に奇跡の経済発展を世界にアピールした。

 建国70周年のイベントに先立ち、共産党は国民生活向上の目標として掲げてきた小康社会の実現についても、「距離が日に日に近づいている」(建国70周年記念イベント記者会見 『新華ネット』9月27日)との見通しを示した。

 共産党成立100周年までに全面的小康社会を実現するという目標は、2つの100年目標として掲げられた第1弾だ。あと1年余りで期限となるが、それまでに「GDPおよび国民の平均収入を2010年の倍とし、国民の生活水準と質を高め、貧困人口をゼロとし、生態環境の質を全体として改善する」という。これにも自信を示したのだ。

 曲折浮沈を繰り返しながらも、結果として自身が掲げた目標をクリアしてゆく着実さを、世界は認めざるを得ない。

 中国が毀と貶にまみれながらも国民を豊かにしたという事実は、間接的ながらも天安門事件で学生たちが求めた「民主化」を、否定する意味も持つ。

 要するに中国が自らの成功を強調すればするほど、「世界は一部の有能なエリートに導かれる方が幸せである」とのメッセージを、無自覚なまま世界に向けて発信することになる。

 先進国からみたとき、それは独裁と独断の優位性の強調に他ならない。

 象徴的なのが、米中貿易摩擦の過程で注目を浴びた中国の経済政策「メイド・イン・チャイナ2025」と華為科技集団(ファーウェイ)の存在だ。いずれもアメリカが狙い撃ちしたターゲットだ。

「メイド・イン・チャイナ2025」は、中国が今後どの分野に資源を集中するのか、10の分野に絞った政策だ。戦略的で、かつ政策の継続性が担保された中国の強みが前面に出ている。

 2つを警戒するアメリカの意図は明確だ。例えば今、日本が何を強みとしてどこに向かっているのか、はっきり答えられる日本人はほとんどいない。それに対して中国人のほとんどは、共産党が国をどこに導こうとしているかを自覚している。

アメリカにも焦りがある

 進化も顕著だ。

 1952年、わずか120億元だった工業生産額は、2018年には30兆5,160億元となり2,543倍に膨らんだ。

 年初には中国が世界で初めて月の裏側に無人探査機を到達させ、2024年以降は唯一の宇宙ステーション保有国となる。海では蛟龍号が次々と潜水記録を塗り替え水深7,000メートルに達した。

 産業では、鉄やアルミニウムの生産で圧倒的なシェアを確立する時代を経て高付加価値化も実現しつつある。

 IT分野ではアメリカに次ぐ存在となり、スマートフォン決済やシェアエコノミーなど次世代の生活スタイルを提案して世界を牽引する。

 今後有望な市場であるドローンや太陽光パネルでもシェアを独占し、電気自動車の心臓部となるリチウムイオン電池では中国の寧徳時代新能源科技(CATL)が日本企業を抑えリーディングカンパニーにのし上がった。

 民間航空機産業への参入にも目処をつけた。

 さらにトランプ政権が安全保障上の脅威として排除の対象とされたファーウェイである。

 米中経済戦争の裏側には覇権国・アメリカの焦りがあることは、国際社会の暗黙知だ。そしてアメリカの焦りの象徴がファーウェイがリードする次世代通信「5G」技術だ。同社の優位は、「6G」、「7G」と展開するにつれ拡大すると考えられているのだ。

 同社を古くから知る私には「安かろう悪かろう」のイメージが強くお世辞にも「お行儀の良い企業」との印象はない。米政府が問題視するイランへの技術流出問題では、2012年ならばさもありなんといった感じを受ける。

 だがファーウェイの唐突な躍進は、中国を見続けた者には数多経験したデジャヴの1つに過ぎない。

 西側先進国の公式を戴く日本社会では、中国の企業が成功することなど「想像外のこと」であり、ましてや自分たちを睥睨する存在になるなど「あってはならない事実」と考えられてきた。

 だからこそ、成功の裏側に何かしらの「不正」や「まやかし」があると考え、いずれ「化けの皮がはがれ」崩れるという「崩壊論」と親和性があった。実際、日本の書店にはいまも類似本があふれている。

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