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部落解放同盟の研究① 西岡研介
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部落解放同盟の研究① 西岡研介

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水平社創立から100年、組坂繁之委員長にその存在意義を問う。/文・西岡研介(ノンフィクションライター)

「暴力集団」という負のレッテル

2017年5月7日、部落解放同盟のトップである組坂繁之・中央執行委員長(78)の自宅に1通の茶封筒が届いた。

差出人の名はある著名な新興宗教団体の教祖。不審を覚えながらも開封すると、右親指に鋭い痛みが走った。封筒の内側には、開封時に指が切れるよう、デザインナイフの替刃2本が仕込まれていた。

滴り落ちる血を見ながら、組坂委員長は恐怖よりむしろ、激しい怒りを覚えたという。封筒のなかには予想通り、被差別部落と部落民を中傷する差別文書が入っていた。

この封書は、三重県四日市市で5日前に投函されたものだった。実は、この2カ月前から解放同盟の三重県連に5通、中央本部、大阪事務所、そして同盟の機関紙を発行する「解放新聞社」(大阪市)に各1通、同様の差別文書が届いていた。うち2通には、組坂委員長宅に送り付けられたものと同じく、封筒の内側にデザインナイフの刃が貼りつけられ、他の封筒にもアイスピックやカッターナイフの刃が入っていた。

明らかに、部落解放同盟をターゲットにした、陰湿なヘイトクライム(憎悪犯罪)だった。

近世封建社会における身分制度の残滓であり、江戸幕府、明治政府には民衆の分断統治に用いられてきた「部落差別」。いまだ社会や人々の意識の奥底に潜み、かつては日常のあらゆる局面で、そして今なお結婚などの際に、その醜悪な姿を現わす。

こうした封建時代から脈々と続く部落差別に対し1922(大正11)年、人間としての尊厳と平等、差別からの解放を求め部落民自身が立ち上がり、創立したのが「全国水平社」だった。「人の世に熱あれ、人間に光あれ」という有名な宣言を、学生時代、歴史の授業で習った方も多いだろう。

水平社は、日本初となる「被差別当事者自らが立ち上げた反差別・人権団体」だったが、終戦直後の1946年、その「水平社精神を受け継ぐ」として結成されたのが「部落解放同盟」である(結成当初は「部落解放全国委員会」、1955年に改称)。

ピーク時は全国に2000の支部を持ち、18万人の同盟員を擁した。

だが、その一方で、この団体には、戦後75年の歴史の中で、一部過激化した糾弾闘争によって、「暴力集団」という負のレッテルが貼られた。

組坂繁之

組坂氏

ネット上の深刻な部落差別

1974年、兵庫県養父市の県立八鹿高校に通う被差別部落出身の女子生徒と交際していた男性の父親が、息子に交際をやめさせようと出した差別的な内容の手紙が発覚。これに端を発した糾弾闘争が、日本共産党系の教職員組合と解放同盟との対立に発展する。数百人の同盟員が教職員をとり囲んで糾弾する事態となり、暴力事件も発生。教職員46人が負傷し、同盟員13人が監禁や強要、傷害の容疑で逮捕、起訴され、有罪判決を受けた。

また2000年代に入ってから、後述する「同和対策事業」をめぐる不祥事が相次いで発覚。「同和利権」と大々的に報じられ、「利権集団」というイメージが、今なおつきまとっている。

実は、これらは、部落解放の運動自体が、「部落民自らによる差別からの解放」というワン・イシューで結集した「大衆運動」であり、それを担う解放同盟も同盟員の思想の左右を問わず、さらにはヤクザからインテリまで様々な人々が集う組織となったことに起因する。こうした運動の性質や、組織の成り立ちもあって、この団体の全体像は見えにくい。

その部落解放同盟が2022年3月3日、前身の水平社創立から100周年を迎える。だが、その大きな節目を前にして、新たな問題に直面している。その一つが、インターネットにおける深刻な部落差別問題である。

2021年9月27日、東京地裁で、注目をあつめた訴訟の1審判決が言い渡された。

〈本件地域一覧は、かつて被差別部落があったとされる地域の所在を明らかにする情報を(ネット上に)掲載したものであるところ(中略)ある個人の住所または本籍が本件地域内にあることが他者に知られると、当該個人は被差別部落出身者として結婚、就職等の場面において差別を受けたり、誹謗中傷を受けたりするおそれがあることが容易に推認される。(中略)したがって、そのプライバシーを違法に侵害するというべきである〉【( )内は筆者補足】

関係者やメディアの間で「ネット版 部落地名総鑑事件」と呼ばれる訴訟である。2016年4月、部落解放同盟と同盟員234人は、川崎市で出版業を営むMらに対し、「部落差別を助長する」として、全国の被差別部落の所在地などを記載した書籍の出版とネット上での公開の禁止などを求める訴えを東京地裁に起こしていた。

出版差し止め事件

「ネット版 部落地名総鑑事件」の裁判

部落内の写真を掲載

「ネット版 部落地名総鑑事件」とはいかなるものか。

発端となった「部落地名総鑑事件」は1975年にさかのぼる。被差別部落の所在地や地名、戸数や主な職業などが記載された図書が興信所などによって密かに作成され、企業や個人に高額で売買されていたことが発覚。購入目的は、会社採用や結婚における「身元調査」であり、国会でも取り上げられるなど、当時、大きな社会問題になった。

1935年に被差別部落の実態を内務省が調査し、翌年にまとめた報告書『全国部落調査』を基に作成したといわれるが、今度はそれが、Mらによってネット上でばら撒かれたのである。

原告の一人で、部落解放同盟の「ネット対策プロジェクト会議」で事務局を担う川口泰司・山口県連書記長(43)によると、被差別部落に対するネット上の差別的な書き込みは2000年前後から始まり、2005年ごろには部落問題を発信していた人たちのホームページに、匿名の誹謗中傷が集中する、いわゆる“荒らし”行為が多発したという。

川口氏が語る。

「局面が変わったのが2007年、『B地区にようこそ』という悪質なウェブサイトが出てきたことです。愛知県内の部落の所在地が地名とともにGoogleマップに貼り付けられ、部落内の様子を撮影した写真や動画も掲載されたのです」

後にこのサイトの開設者は名誉毀損で逮捕、起訴され懲役1年(執行猶予4年)の有罪判決を受けることになるが、その間にネット上に登場してきたのが、前述の「ネット版 部落地名総鑑事件」の被告Mだった。川口氏が続ける。

「Mの登場で、ネットにおける部落差別の“質”が変わりました。Mは、2014年5月にウェブサイト『同和地区Wiki』を開設し、どこからか前述の『全国部落調査』を入手。そして2016年1月、同書のデータをサイトで公開した。Mの一連の行為によって、全国5300の部落の所在地と地名などがネット上に晒され、さらにコピーサイトによって被害は拡大。まさに40年前の地名総鑑事件の再来でした」

そして2016年2月8日、Mはホームページで『全国部落調査』の復刻版を書籍化し、4月1日に販売すると告知する。

被差別部落出身者にとって、自らの出身地や居住地を特定され、晒されるという行為は最大の恐怖だ。しかも、その情報が一瞬のうちに広範囲に拡散し、一度公開された情報は二度と回収できないネット上で行われたのである。

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「糾弾」ではなく「要請」

部落民にとってまさに最悪の事態だが、部落解放同盟の対応はあまりに鈍いものだった。

部落解放同盟の中央本部が本格的に動き始めたのは、Mが『全国部落調査』の書籍を出版すると告知した1カ月後のことだった。

3月3日の全国大会で、「現代版部落地名総鑑事件糾弾闘争本部を立ち上げ」、「インターネットにおける差別事件に対するプロジェクトチームをつくる」ことを決議したのだが、その2カ月前にはサイトで同書のデータがすべて公開されていた。

その全国大会の当日、中央本部事務局はMに対し、〈強く抗議をするとともに、発行の停止と撤回を求める〉とメールで要請。さらに5日後には中央本部の西島藤彦書記長が直接、Mと面談したのだが、そこで為されたのは、サイトに対する「糾弾」ではなく閉鎖の要請だった。“確信犯”であるMは、当然のごとくこの要請を拒否した。

1975年の「地名総鑑事件」で、解放同盟は200社以上の企業に対し、それこそ組織を挙げ、徹底した糾弾闘争を行ったが、往時の姿はもはや見る影もなかった。

部落差別がネット上で本格化する前から、激しいヘイトスピーチを浴びていたのは、在日朝鮮人をはじめとする在日外国人だった。レイシスト(人種差別主義者)たちはやがて、路上で街宣活動をはじめ、さらには子供が通う学校まで標的とするようになった。

しかし、当事者である在日朝鮮人や日本人らによるカウンター(ヘイトに対する対抗言論・行動)がレイシストたちを抑えこみ、さらにはそれが「ヘイトスピーチ解消法」の成立や、大阪市や川崎市での「ヘイトスピーチ規制条例」の施行に繋がっていく。また近年、セクシャルハラスメントや性的暴行の被害者が、SNS上で告発する「#MeToo」運動や、性的マイノリティーによる「LGBTQ」の啓発活動が、社会を動かしつつある。にもかかわらず、「日本最古のカウンター集団」ともいえる全国水平社を祖とし、最も長く反差別の闘いを続けてきたはずの解放同盟はなぜ、ネット上の差別に対し、これほどまでに鈍いのか。

「Mが、部落の所在地や地名をネットに上げ始めた09年ごろから、鳥取や滋賀などでは、県連の役員が直接、Mに抗議し、地元法務局への申し入れを行うなど、県連レベルでの対応はしてきた。しかし組織全体としての取り組みができていなかったことは事実で、それが結果的にMを増長させ、エスカレートさせてしまった。

残念ながら幹部も含め、同盟員のほとんどがネットやSNSを理解していない。というか、ネット自体を見ないんです。見ないから、どれだけ大きな被害を受けているのか分からない。そして『全国部落調査』が書籍で出版されると聞いてはじめて、事態の深刻さに気づいたということです」(前出・川口氏)

「どこ」と「だれ」が本質

中央本部は2016年3月以降、同書の出版差し止めと、サイトへの掲載禁止を求める仮処分を横浜地裁に申請。また前述したように、4月に解放同盟と同盟員も同様の訴訟を起こしている。

一方のMらは〈学問の自由や人格権などを侵害された〉などとして反訴。だが、約5年半に及ぶ訴訟の結果、前述したように、東京地裁はMらによる「プライバシー侵害」を認め、『全国部落調査』の出版とサイトでの掲載禁止を命じる「解放同盟側勝訴」の判決を下した。

しかし判決は、解放同盟側が主張していた憲法第14条に基づく「差別されない権利」を認めず、地区の公表を「プライバシー侵害」の観点のみで判断。Mが公開した41県の地区のうち、原告がいない県、また出自を明かし活動する解放同盟幹部の出身県など、計16県の地区について被害が認められないとして、救済対象から外したのだ。

部落差別の本質は「どこ」と「だれ」である。

被差別部落が「どこ」なのか公開されれば、被害を受けるのはそこで平穏な生活を送る部落民である。なぜなら次は、「だれ」という差別意識に満ちた好奇の目や詮索に晒されるからだ。「どこ」が公開されることで生じる被害に、原告の存在の有無など何の関係もない。東京地裁の判決は、部落差別の本質を理解しているとは言えず、司法による差別被害者の救済の限界を露呈した。

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「誇りと残念な思い」

新たな局面を迎えるなか、部落解放同盟はどう立ち向かうのか。トップである組坂繁之・中央執行委員長を福岡に訪ねた。

福岡県内の被差別部落に生まれた組坂氏は大学卒業後、27歳で解放運動に身を投じ、福岡県連、中央本部書記長などを経て、1998年から中央執行委員長を務めている。

以下、組坂委員長との一問一答である。

――来年3月に、全国水平社創立から100年を迎えるにあたって、どのような思いがありますか。

「解放運動が、社会運動として100年続いてきたことは私たちの誇りではあります。が、その反面、部落差別が完全に無くなっていないということは極めて残念です。そういった2つの思いを抱いています」

――「ネット版 部落地名総鑑事件」のように「ネットでの部落差別」が大きな問題となっています。

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