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上沼恵美子「社長賞をかち割った」関テレさんへの怨念はなかなか消えない

「ずっと家にいても心が腐る」。思いついたのがYouTubeでした。/文・上沼恵美子(タレント)

20040628BN00334 上沼恵美子

上沼さん

怒られる筋合いはない

8カ月ぶりに『文藝春秋』さんからお声がかかりました。

昨年8月号に寄せた手記(『芸能界を引退しようと思った』)は、おかげさまで大反響をいただきました。大阪、いや関西中の本屋から『文藝春秋』が消えたそうです(笑)。

あのテレビ局の悪口を言ったからでしょうか。一昨年7月、突然最終回を迎えた「快傑えみちゃんねる」(関西テレビ)のことです。手記では初めて番組終了の顛末を明かしました。それに加えて、紅白歌合戦の舞台裏、M-1騒動、夫との“離婚”について、駆け足ではありましたが、すべてを洗いざらい吐き出させていただきました。

雑誌が発売されると、姉(漫才コンビ海原千里・万里の元相方)から電話がありました。「これまでアンタの本は1冊も買うたことがなかったけど、この雑誌は珍しく買った。いい内容やった」と。身内でも読み応えがあったということでしょう。

夫(上沼真平氏、関西テレビ元常務取締役)は、古巣の文句をさんざん言われて不愉快だったに違いありません。それでも何も言ってこなかった。まあ心から傷ついたことをお話ししたのですから、怒られる筋合いはないですけどね。もし「許さん」って言われたら、今度こそ別れてやろうと思っていましたけど(笑)。いまのところ別居生活は円満です。

親孝行になった番組

この半年間にもいろいろなことがありました。

その最たるものが「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」(朝日放送テレビ)の終了です。4月1日が最終回となります。

ゲストと一緒に料理し、試食しながらトークする番組。阪神・淡路大震災が起きた1995年のスタート以来、27年間続けてきました。こんな長期間よくぞ続けていただきました。朝日放送さんには本当に感謝しかありません。

驚いたことに、27年間で嫌なことは1回もなし! 辻調理師専門学校の先生たちをはじめ、歴代のディレクター、プロデューサー、スタッフ、みんないい方ばかり。毎回、朝から晩までかけての1日10本撮りは、体力的にきつかったけど、その分、充実感がありました。

間違いなく、日本で1番おいしい料理番組やと思います。これまで6500品以上のメニューを紹介しましたが、お手頃の食材で作りやすくて、本当に美味しい。こんな素晴らしいレシピを思いつくなんて、本当にすごい先生たちです。

ただ本当に1度だけ、例外がありました。ゲストの女優さんが「美味しくないわ! この料理!」と言うんです。私にも「ねえ、これ美味しくないよねえ」って、同調を求めてくるんですよ。担当の先生には申し訳ないですけど、確かに美味しくなかった(笑)。後にも先にもこの1度きりでしたから、よく覚えています。

番組を続けるなかで1番嬉しかったのは、6年前に亡くなった母の一言でした。

「『おしゃべりクッキング』のおかげで、毎日、毎日、恵美子と会える。会いに来てもらっているのと一緒や」

当時母は入院中でしたが、仕事で頻繁に見舞いに行けなかった。それでも母は病室の薄型テレビで「おしゃべりクッキング」を楽しそうに観ていたそうです。

ギャラをもらえるわ、美味しいもんを食べられるわ、その上親孝行もできた。本当に最高の番組です。

最後の放送回分はもう収録済みです。歴代の先生たちをゲストに迎え、収録後にはセレモニーまでしていただいて。スタッフから花束をもらい、大粒の涙を流して……いや、泣けませんでした。

10代の時、初めてもらったレギュラー番組を卒業した時は泣きました。最後にスタジオの照明が暗転してスポットライトに照らされて「お疲れさま!」って花束をもらって。それが今ではちょっとやそっとのことでは涙が出なくなりました。年齢のせいでしょうか、本当に嫌になってしまいますね。

尊敬する桂文枝師匠も3月で「新婚さんいらっしゃい!」を卒業されますが、会見で「感謝しかない」と泣いてはりました。あちらも同じ朝日放送さんの超長寿番組。文枝師匠が涙を流してテレビ局にお礼を述べられ、もちろん私も感謝しかない。同じ大阪でもどこかの局とはえらい違いです!

本当は泣きたいくらい寂しい。そら寂しいですよ。

月に2度、隔週の水曜日に、大阪・福島にある朝日放送で「エプロンをつける」のは生活の一部でしたから。昨年秋に番組が終わることは聞いていて、それ以来「寂しいなあ。あのエプロンどうするんやろ」「先生のパスタは美味しかったなあ。もう食べれないんやなあ」なんて感傷にひたってしまって。心にポッカリと穴が空いてしまいました。

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27年間続いた冠番組

会話のドッジボール

「えみちゃんねる」、「おしゃべりクッキング」と2つの冠番組が終わりましたが、私は本当に幸せ者です。20年を超える長寿番組を2本も持たせていただき、芸能人として達成感はあります。

ここ数年、テレビ業界は様変わりしました。私たち世代は次の世代にバトンを渡すときがやってきた。

コンプライアンス全盛の時代に、私のように好き勝手お話しするタイプの芸人は本当に生きづらいですね。地上波では、あれ言うたらアカン、これ言うたらアカンばっかり。収録で話した内容がカットされることも増えました。もちろん「毒舌」が悪口と紙一重なのは重々理解しているつもりです。暴言になりそうな話を、腹抱えて笑ってもらえるようにする。それこそ私が大切にしてきた話術というものです。

「えみちゃんねる」は、タレントさんをゲストに迎えるトークバラエティですが、ゲストの話を聞くだけの、ありきたりの番組にはしたくなかった。ゲストから「最近ハマっていること」、「腹立ったこと」といったエピソードを聞いて、「あ~そうなんですね」と受けておいて、自分の漫談に展開できないか、常に頭をフル回転していました。時折、「あの司会者、ひとの話を聞かない」と言われましたけど、おっしゃる通りです。

おしゃべりで場を笑いに変えたい。そんな芸人の性には逆らえません。司会が上沼恵美子なのに、ただ近況を聞いて「はい、さいなら」で終わる番組だったら25年も続かなかったと思います。

ゲストにツッコミを入れると、「上沼に公開パワハラを受けた」と言う人もいましたけど、何を言うてんねん! こちらの投げたボールをちゃんと受け取れていないだけ。上手にキャッチしてこっちに投げ返すのが、腕の見せ所でしょう。芸人ならなおさらです。ボールを返してくれたら、さらに話を大きくして、投げ返して爆笑にしますから。わたしがトーク番組でやっていたことは、いわば、会話のドッジボールだったんです。

「関テレに殺されるで!」

「えみちゃんねる」は、常に最終回と思って命がけでのぞんだ番組です。全力を振り絞っていましたから、収録が終わればフラフラです。もう(トークのネタの)引き出しはスッカラカンです。

1時間以上喋り倒しなのに、それを1日2本撮りするのです。ゲストに来た桂文枝さんに「これ、2本撮りか? おまえ、関テレに殺されるで!」と同情されたこともあります。

収録が終われば、決まってスタッフと焼肉を食べに行く。肉だけじゃないです。フグ、フォアグラ、それからフレンチ料理。スタッフや共演者には色んなもんを御馳走しました。温泉にも一緒に行きました。もちろん私が全額支払っています。「フグもエスカルゴも、初めて上沼さんに食べさせてもらいました」というスタッフもいました。

実は、「えみちゃんねる」終了後、青春ドラマみたいなシーンが来る日を想像していたんです。

番組終了を聞いたスタッフが20人くらい私の家に駆けつけてきます。私は玄関から出てきて「私は私で、今までとは違うペースで歩いて行きます。みんなも元気で頑張りなさい!」。

スタッフたちは涙を流し、私ももらい泣きする。玄関先か家の中まで入ってもらうか。お茶は出すのか、いや出さないでおこう……。頭の中でシミュレーションして待っていました。

あれから1年半が経ちますが、まだ誰も来ません、誰ひとり!

「えみちゃんねる」の話を、もう蒸し返したくはないのですが、ひとつだけ、白状させてください。

関テレさんへの怨念はなかなか消えない。ですから強硬手段に出ました。番組25周年のお祝いで社長賞をいただき、そこでもらったクリスタルのトロフィーを……はい、かち割りました。勝手口にパーンと叩きつけて木っ端みじんです。ちょっとだけスーッとしましたね。

ネガティブなことはこれでお終いにしましょう。これまでの人生で、嫌なことはいっぱいありましたけど、そのたびに「こんちくしょー!」とはね返してきました。怒りをパワーに変えてきたんです。

90年代に冠番組が次々始まった頃、私は40代で、2人の息子の子育ても真っ盛りの時期を迎えていました。本当に毎日が戦いでした。

10代で芸能界に入り、22歳で結婚・出産、夫に言われるがまま家庭に入った。けれど家には姑もおるし、ずっと専業主婦というのは耐えられない。何よりタレントとして不完全燃焼でした。

2人目の子供を産んだ後、20代後半で「バラエティー生活笑百科」のレギュラーで芸能界に本格復帰しました。そこから、仕事・育児・家事の“三刀流”生活がつづきました。

子育て世代に伝えたいこと

大好きだった人と結婚して痛い思いして産んだ子なのに、子育てがいちばん我慢の連続でした。

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