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ビッグデータによるプロファイリングで、ターゲティング広告/野口悠紀雄

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※本連載は第40回です。最初から読む方はこちら。

 グーグルは、検索連動広告を導入して大成功しました。これは、ターゲティング広告と呼ばれるものに進化していきます。そこでの中核的な手法は、プロファイリングです。これは、ビックデータを用いて個人の属性を推計しようとするものです。

◆検索連動広告はなぜ強力か?

  グーグルが採用したビジネスモデルは、「検索連動広告」と呼ばれるものです。

 これは、「検索キーワードから、検索者が何を求めているかを推定し、それにあった広告を検索結果画面の目につきやすい場所に表示する」というものです。

 例えば、自動車関連のキーワードで検索している人は、自動車を購入することに関心をもっている可能性が強いでしょう。

 そこで、その人に対しては、自動車の広告をグーグルの検索結果ページに出すようにします。

 検索連動広告は、きわめて効率が高いものです。

 なぜなら、その人が関心を持ちそうな広告を出しているからです。

 これに対して、従来のラジオ、テレビ、あるいは新聞や雑誌の広告は、世の中のすべての人に同一の広告を出します。

 例えば、自動車の広告を出したとしましょう。しかし、その広告を見ている人の多くは、自動車には興味がないかもしれません。そうした人に対して自動車の広告をするのは無駄なことです。魚がいるかどうかわからないところに網を投げるようなものだからです。

 こうした状況を改善するため、「対象を区切り、各々の区切りごとに最適と考えられる広告を届ける」ということは、これまでも行われてきました。

 例えば、若い女性が主たる読者である雑誌なら、化粧品や衣服、アクセサリーなどの広告を載せるといったことです。こうした手法は、「セグメンテーション」と呼ばれます。

 しかし、この手法による選別化は、完全なものではありません。例えば、若い女性であっても、アクセサリーに関心がない人は大勢いるからです。

 ところが、グーグルの広告は違います。その人が関心を持っていることに関する広告を出すのですから、魚がいるところに網を投げるようなものです。

 これによってグーグルは「史上空前の利益源を探し当てた」と評価されることがあります。これは誇張とはいえません。

 なお、検索連動広告は、グーグルが最初に始めたものではありません。それを始めたのは、オーバーチュアです。すでに1998年半ばに検索連動広告を導入していました。

 そして、グーグルとの間で紛争が生じました。

 ただし、グーグルは、オーバーチュアのモデルにさまざまな改良を加えて、効率がよいものにしたのです。

 最も重要な違いは、オーバーチュアの検索エンジンは有料だったのに対して、グーグルの検索エンジンは無料だったことです。有料であれば、利用者数は限定的になります。

 無料モデルの重要な点は、主要なサービスの限界費用がゼロであれば(つまり、利用者が一人増えても余分のコストが必要ないのであれば)、そのサービスは無料で提供して利用者をできるだけ増やし、それによって広告の効果を大きくする、というものです。

 この観点から見ると、オーバーチュアの検索連動広告は、インターネットのビジネスモデルとしては不完全なものであったということができます。

 なお、検索連動広告は、「リスティング広告」と呼ばれることもあります。現在では、「Google 広告」(旧Google AdWords)や「Yahoo! 広告」がよく知られています。

◆グーグルのサービスは「トロイの木馬」だった

 グーグルは、検索エンジン以外にも、Gmail、Googleドキュメント、Googleマップ、Googleカレンダー、Googleフォトなど、さまざまなサービスを提供しています。

 普通なら、これらのサービスを提供すれば、利用料を徴収することになるでしょう。しかし、グーグルは、これらを無料で提供しています。それによって利用者が広がり、より多くのデータを得られることのほうが重要と考えているのです。

 有用な道具が無料で利用できるので、人々は喜んで受け入れ、その利用を通じて情報を提供しています。これは、トロイの木馬と同じようなものです。人々は、グーグルが提供するサービスを有難い贈り物だと考えて、喜んで生活や仕事の中に引き入れてしまったので、もはやそれなしでは生活や仕事ができないようになってしまいました。

◆プロファイリングとは何か?

 その後、検索連動広告は著しい発展を遂げました。

 さらに効率の高い広告ができるようになったのです。

 こうした広告は「ターゲティング広告」と呼ばれます。

 ここで用いられている手法の根幹は、「プロファイリング」と呼ばれるものです。

 これは、さまざまなデータを用いて、特定の個人の「プロファイル」(属性)を推定しようというものです。

 推定したい属性としては、性別、人種、年齢、所得、趣味・嗜好、思想・信条、家族状況などがあります。

 グーグルは、Gmailなど先に挙げたサービスによって得られるデータを用いることにより、プロファイリングを行っています。

 プロファイリングを行っているのは、グーグルだけではありません。

 フェイスブックやツイッターなどのSNSサービスも行っています。

 これまでの発想であれば、SNSなどのサービスを利用するさいに、手数料を徴収したでしょう。しかし、フェイスブックは、グーグルと同じように、それをデータを無料で集めるための道具と考えたのです。

 フェイスブックの場合には、利用者本人の名で登録します。また、利用者が積極的に個人情報を書き込んでくれます。このため、本人の属性はかなり分かるのですが、そのデータより、どのウェブサイトに「いいね!」のマークをつけたか、という情報のほうが重要です。

◆ビッグデータ

 こうしたデータは、「ビッグデータ」と呼ばれます。一つ一つを取ってみればあまり価値がないデータです。

 しかし、こうしたデータが大量に蓄積されれば、その人の嗜好や行動様式を予測できます。その情報には、経済的な価値があります。こうして、無から有を生み出すようなことが可能になります。

 自動的に残される電子の足跡を利用すれば、個人の行動は詳細に分かるのです。両親や配偶者さえ把握していない重要な個人情報を、知らぬ間に把握されてしまうことがあるといわれます。

 この推定はAI(人工知能)を用いてなされます。こうしたことを行うデータ分析の手法が発達しているのです。これは、「データサイエンス」と呼ばれるものです。

 ただし、以上で述べたようなことは、グーグルのような企業だからできることです。

 グーグルは、検索エンジンやメール、マップなどさまざまなサービスを提供し、しかも全世界の数十億人のユーザーを相手にしています。それによって収集した大量のデータを持っているから、それらの分析によってプロファイリングができるのです。

◆広告だけでなく、政治的な利用も

 ユーザーのプロファイリングができれば、選別された情報を提供することができます。

 これを用いてユーザーにあった広告を配信するのです。

 利用は、広告だけではありません。選挙に用いられることもあります。

 2016年のアメリカ大統領選挙で、フェイスブックの個人データが不正な方法で取得され、用いられたのではないかということが問題となりました。

 データを取得し、分析したのは、ケンブリッジ・アナリティカ(CA)というデータ分析会社。トランプ陣営がここと契約していました。

 CAの幹部は、次のように言っています。「個人の性格を切り口にして一人ひとりの有権者に対してターゲット広告を打つほうが、マスメディアでブランド・イメージを形成しようとしたり、人種、年齢、地域、所得などの大雑把な属性でキャンペーンを考案するより、遥かに効果的だ」

 なお、フェイスブックのデータを選挙戦に用いる手法は、2016年の大統領選で初めて登場したものではありません。同じ手法は、2012年の大統領選挙で、オバマ陣営が用いていました。

◆レコメンデーション

 インターネットのビジネスモデルは、以上で述べた広告方式のものだけではありません。

 アマゾンは、書籍などを販売することによって成長しました。これは、通常の店舗と同じビジネスモデルです。あるいは、貸店舗代を収入源としています。

 ただし、アマゾンは、「レコメンデーション」というものを提供しています。これは、「あなたはこれらの書籍にも関心があるのではないでしょうか?」として、いくつかの候補を提示するものです。

 これは、グーグルなどとは違う手法を用いているのですが、広い意味でのプロファイリングの一種と考えてもよいでしょう。

 また、情報提供の料金徴収モデルへの回帰もあります。 

 その代表として、映画やドラマをオンラインで有料提供するNetflixを挙げることができます。

 ここでも「レコメンデーション」が行われています。これはAIを用いる本格的なプロファイリングです。この意味で、料金徴収モデルへの単純な回帰というわけではありません。

(連載第40回)
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■野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、 スタンフォード大学客員教授などを経て、 2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。 2011年4月より 早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問。一橋大学名誉教授。2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。著書多数。



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