
原田マハさんの「今月の必読書」…『ダブルローカル 複数の視点・なりわい・場をもつこと』
アクション、起こしてみる?
人は、自らの暮らす場所をどのようにして決めるのだろうか。
「そりゃ人それぞれだろ」というのが正解といえば正解だ。ある人は通勤の利便性を考慮して。ある人は生まれた町で。ある人は憧れの場所に家を買って。転勤で見知らぬ町に暮らすうちに愛着を持ってしまう人もいるだろう。100人いれば100通りの事情があって、いまいる場所で生きていくのを決めたのだ。
けれど、今年、多くの人が「自分がいまいる場所がこの先も暮らすべきところなのだろうか」とあらためて考え直したのではないだろうか。年初には想像もできなかった新型コロナウィルスの感染拡大と、たび重なる豪雨による災害。未知のウィルスと自然の脅威の前になす術もない私たちは、恐る恐る満員電車に乗って通勤を再開し、泥にまみれた廃棄物を数十キロ先の処理場へ黙々と運ぶ。この状況をどうにか変えたい、違う暮らしを始めたい――胸の内でそう念じる人もいるかもしれない。が、生活を一変させるには勇気もやる気も元手も必要だ。願っていてもなかなか踏み切れるものではない。だが、コロナ禍や天災を転機ととらえ、アクションを起こすタイミングと見るべきかも。さて、どうするか?
本書は、その一歩を軽やかに踏み出し、人生を一転させたふたりのクリエイターユニットが提唱する「新しい暮らし方」の指南書である。東京都心で空間とインテリアのデザインに関わる仕事を手掛け、ビルの空き室など、都市の隙間を利用して地域にコミットする地域型イベントの走りである「東京デザイナーズブロック」「CET」などに関わってきた後藤寿和さんと池田史子さんは、東日本大震災の直後に、知り合いのつてで「新潟県十日町市の松代(まつだい)にある空き家を利用してほしい」との情報を得る。あらゆる価値観が変容した大震災の後、都心にこだわり続ける必要性を感じなくなったふたりは、何度か現地に足を運び、地元の人々と交流するうちに「何かができそう」と考えるようになる。東京から行くには何時間もかかる場所。大雪が降るし、若者はいないし……地元の人の目にはマイナスにしか映らなかったすべてが、ふたりには新鮮だった。若者たちを誘い、かまくらを作り、地元の食材で料理する。クリエイターの直感で誕生したカフェ付きのドミトリーは、地元の人たちの憩いの場にもなった。東京と松代、どちらにも生活と仕事があって行き来する。どちらも自分にとっては地元である。「オンの場を複数持つことを『ダブルローカル』と表現してみたんです」と池田さん。この言葉、かなり先取りしている。これからはダブルローカルを持つ人が豊かな暮らしを送ることになるだろう。ふたりと近い哲学や生き方を実践するクリエイターたちとの対談も、今だからこそ胸に響いてくる。
(2020年9月号)