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【立花隆「知の巨人」の素顔】「サル学の現在」“ゴム人間”のように柔らかく|山極壽一

文・山極壽一(霊長類学・人類学者)

山極壽一氏

山極氏

「飲むことも取材だ」

立花さんと初めてお会いしたのは、1986年のことです。僕がまだ愛知県犬山市の日本モンキーセンターのリサーチフェローを務めていた当時、『サル学の現在』の取材のために、立花さんがわざわざ訪ねて来てくれました。

この本の帯に「サルを知らずして、ヒトは語れない」とありましたが、おそらくサルの同性愛に「人間学としてのサル学」の大事なヒントがあると直感されて、僕のところに来られたのだと思います。

立花さんと言えば、一国の首相である田中角栄を退陣にまで追い込んだ舌鋒鋭い敏腕記者。ですから、多少緊張して身構えていたのですが、びっくりしたのは、「ゴム人間」と言いたくなるような、その物腰の柔らかさです。

さらに驚かされたのは、僕以上に知っているのではないかと思うくらい、すでに徹底的に勉強されていたことです。

今西錦司、伊谷純一郎、河合雅雄、水原洋城、ジョージ・シャラー、ダイアン・フォッシーといった霊長類学者の本を悉く読破していました。しかもシャラーが、何回ゴリラに出会っているかといった数値もすべて記憶している。豊富な取材経験で、事実を押さえるのに数値が重要だと理解されていたのだと思います。

学者顔負けの知識があるわけですから、自分のペースに巻きこんで矢継ぎ早に質問をしてくるのかと思ったら、決して畳み掛けないんです。相手が自分の意見を述べるまでじっくり待って、次の意見をうまく引き出すような質問を継がれる。そのどれもが、こちらが答えやすい、よく練られた質問だったので感動してしまいました。立花さんの質問のおかげで初めて言語化できたことも少なくありません。

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立花氏

実際に本になると、その誠実さにまた驚きました。

決して自分で筋をつくらない。取材相手が語ったことに従いながら、それをうまく繋いでストーリーをつくっていて、読んでいくと知的な流れがおのずと見えてくる。取材相手以上に学問の背景を理解していないとできない芸当で、「知の巨人」と言われる所以だと思います。

僕もさまざまな記者の取材を受けてきましたが、自分のつくったストーリーを正当化するためだけに、こちらの話を切り取って使う記者もいます。立花さんの取材は、それとはまったく違っていて、取材される側が気持ちよく自分の意見をどんどん話したくなる。

楽しかったのは、立花さんと酒を飲んで、さらに意気投合できたことです。

もともと酒飲み繋がりで広げていくのが、僕のフィールドワーク。最初に行ったアフリカでも、ゴリラの調査許可がなかなか下りなかった時、ピグミーの人たちと酒を酌み交わすことで“同志”となって、そのピグミーの人たちに訴えてもらうことでザイール当局から許可を得られました。

一緒に酒を飲むことは、信頼を得るのに最良の方法です。酒を飲みながら、人の意見を吸収し、人との関係も紡ぐことができる。大酒飲みの立花さんも、きっと同じ考えだったはずで、「飲むことも取材だ」と話されていました。

『サル学の現在』が日本の霊長類学界に与えたインパクトは、非常に大きなものでした。

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