【92-スポーツ】“厚底狂騒曲”の先に起きる「シューズメーカー戦国時代」|西本武司

文・西本武司(EKIDEN News主宰)

ナイキが「常識」を覆した

近年、マラソンや駅伝といった陸上競技の長距離種目で、ナイキの「厚底シューズ」が話題になりました。ソールにカーボンプレートを内蔵した同社のシューズは、ランナーの足への負担を減らし、ロードレースだけでなくトラックレースでもタイムの大幅な向上に寄与していると言われています。実際に2020年の箱根駅伝では、8割を超える選手が同社の厚底シューズを履いていました。

これまで長距離種目のシューズと言えば、ソールを薄くして、とにかく軽さを追求したものが当たり前でした。その「常識」をナイキは覆したともいえます。

この流れが始まったのは2016年のリオ五輪でした。リオ五輪に出場したアメリカのゲーレン・ラップ選手は、近年では前例のない1万mとマラソンの2種目出場を敢行し、マラソンで銅メダルに輝きました。そしてその足にはナイキの厚底シューズのプロトタイプを履いていたのです。マラソンとトラックレースの2種目に出場するには、いかに足にかかる負担を減らすのかが重要でした。そこで「厚底シューズ」という製品が大きなメリットを与えたのです。

そして、その翌年にはリオ五輪を制したケニアのエリウド・キプチョゲ選手が「Breaking2」プロジェクトと題した、フルマラソンで2時間切りを目指す驚異の企画に参加しました。このプロジェクトは世界各国で注目をあつめ、そこで使用されたシューズにも関心が集まることになったのです。その後、使用されたシューズが一般でも発売されると、それによるタイムの向上が顕著だったこともあり、徐々に現在の「ナイキ一強」ともいえる状態へと繋がったのです。

実は、ある日系メーカーの方が言っていたのが「各社とも厚底シューズがマラソンや駅伝に向いているのはわかっていた。カーボンも短距離のスパイク素材ではすでに使っていたので、有用さも十二分に理解していた」ということです。

では、なぜ日系メーカーからは厚底シューズが出てこなかったのでしょうか。

その考えを拒否したのはメーカー側ではなく、むしろ選手や指導者だったそうです。これまで日本は「マラソン大国」で、伝統的に長距離が強かった。だからこそ、「強かった選手が履いていたシューズを踏襲してほしい」「これまでと大きく形を変えないで欲しい」という要望が強く、メーカーとしても革新的な商品を開発することができなかったのです。

そこにナイキという“黒船”が「厚底シューズ」という新たな流れを作り、前述のように日本でもその影響が大きくなってきた。そして各社とも、続々と新商品の開発を始めたのです。技術者の立場からすると「これでようやく技術革新を活かしたシューズが作れる」と、むしろ現状を好意的に受け止めているようです。

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