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さいとう・たかを「約束を守る」ゴルゴのプロ意識

文・さいとう・たかを(劇画家)

世の中に世界最長の漫画シリーズ記録があることは知っていましたが、この7月に『ゴルゴ13』201巻が発売されると、ギネスレコードに認定されて取材依頼が殺到。それで初めて、大した記録なのだなと実感しました。

連載をはじめたのは1968年ですから、もう半世紀以上も経ちます。「ゴルゴ」はなぜ、こんなにも長く親しまれているのか、とよう聞かれます。「ゴルゴ」は約束をしたことは必ず守り、自分の仕事に対しては、全て自身が責任を負い、筋を通す生き方を貫いている。こういうタイプは、今の日本には非常に少ない。だからこそ、日本人は「ゴルゴ」に惹かれるのかもしれません。「ゴルゴ」は「俺は俺の考えで動く」、と自分の価値観で行動し、周囲にも左右されない。ただし、つねに周りの意見には耳を傾けており、情報を手に入れることは決して怠らない。そのどちらか一方だけでは、プロとは言えません。

でも、正直に言ってしまえば、「ゴルゴ」が201巻まで続くことになるとは、私も予想していませんでした。最初は、10話限りで終えるつもりでしたから。そもそも漫画の連載なんて、いつ終わるかわかりません。漫画家とは、いわば、いまにも落ちそうな腐った橋の上を猛スピードで走り抜けるような仕事なのです。連載がいつ終わってもいいように、当初から最終回のアイデアも考えてありました。以来、最終回のアイデアは、ずっと私の頭の中にだけ眠っているんです。

よく何十年も同じことしていて飽きませんか、なんて聞かれることもありますが、漫画家としての「長寿」の秘訣をあえて語ると、私の場合、この世界に入ったときから、漫画を描くことは仕事だという意識をもっていました。農家が「米を作るのに飽きた」「麦を作るのに飽きた」と言ったらどうなるでしょうか。私はそんな気持ちで、生業として劇画を描き続けてきたのです。これは、「ゴルゴ」のキャラクターにも通じる、私なりのプロ意識なのです。

プロフェッショナルに、もっとも必要なことは「約束を守ること」です。つまり、連載で言えば、締め切りは必ず守る。かつては漫画雑誌自体も少なかったこともあり、競争も激しく、いつ連載が終わるかもわからない状況でしたから、休んだり、締め切りを守らなかったりすることはありえなかった。

若い頃、作家仲間で集まっているときに、「売れっ子が休むことをまるでステータスみたいに言ってるけど、職業としてやる限り、締め切りを守るのは最低限のルールだぞ。他の仕事だったら違約金をとられるぞ」と偉そうなことを言ったことがあるんです。本心ではありましたけど、おかげで休めんようになりました(笑)。

忙しい時期は、月600枚以上、原稿を描いていることもありましたね。28歳で網膜剥離になり、43歳で糖尿病になりまして、そのときは流石にピンチでした。

これだけ長く仕事を続けていると、「時代の変化をよく乗り越えてきましたね」と言われます。でも、私が60年以上、仕事を続けてきてわかったことは、本質、やるべきことは不変だということです。それは劇画の強みや特徴を理解した上で、劇画にしかできないことを考えるということです。漫画『鬼滅の刃』が今、人気でアニメ化されていますが、作家は劇画にしかできないこと、アニメにしかできないこと、実写映画にしかできないことを、それぞれ追求するだけです。私がかつて、この世界に飛び込もうと思ったとき、ペンと紙さえあれば映画みたいな作品が作れると考えていたのですが、その思いは今でも変わりません。映画みたいに多くの時間、お金を使わなくてもそれに匹敵する、映画を超える娯楽を生むことができると思っています。

でも最近は『ゴルゴ13』が私の作品であるという意識が薄くなってきているんです。私の作品であると同時に、読者のものでもある。普段から、読者に受け入れられるであろうことしか考えてこなかったですから、いつも待ち続けてくれている彼らあっての『ゴルゴ13』だと思っています。だから読者から求められる限り、私の身体が動く限り、描き続けたいと思います。97歳までやった、「伝説の劇画師」植木金矢先生がいますから。私なんか、まだまだひよっこです。

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