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菅義偉論【前編】勝負師か、ギャンブラーなのか?|プチ鹿島

新型コロナウイルス対策が後手に回り支持率は急落、難しい局面に立たされている菅義偉首相。菅首相の長男による総務省幹部「接待疑惑」について「週刊文春」が報じ、東スポWebは「長男の“コネ入社疑惑”で…菅首相吹っ飛んだ『改革派、叩き上げ』イメージ」と書いた。

森喜朗氏がJOC女性理事を巡って「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」という趣旨の発言をしたことについて、2月4日の衆院予算委員会で
菅首相は「森会長が発言された内容の詳細は承知していない」と答弁(のちに「国益にとって芳しいものではない」「あってはならない発言だ」という認識を示した)。なぜ菅首相はこれほどなにも「説明しない」のか。「勝負師」とも「ギャンブラー」とも言われる菅首相の人物像について、時事芸人のプチ鹿島さんがあらためて考察する。(後編に続く)

◆ ◆ ◆

 言葉は面白い。似ているようで意味が違ってみえる。

 たとえば「勝負師」と「ギャンブラー」。

「勝負師」はかっこいい。胆力にすぐれて器も大きそう。いざとなったら大勝負に出る勇気を持ち、ことごとく勝つ。「ケンカ師」も同様だ。武勇伝が多そう。

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菅義偉氏

 これに対して後者の「ギャンブラー」はやや危なっかしさが漂う。賭け好きな体質ということはわかるが、結果はどうなのか必ずしもわからない。実は負けも多そう。

 似ているが似ていない言葉。次に「ブレない」と「頑固」はどうだろう。前者はカッコいい。信念や力強さを感じる。後者は単に融通が利かないとか、自分の過ちを認めないというネガティブな意味も感じとれる。

 いきなり4つの言葉を並べてみたのは菅首相を語るうえでよく出てくる言葉だからである。

 首相に就任する前は「勝負師」で「ブレない」という評価をよく目にした。しかし最近の実情をみると「ギャンブラー」であり「頑固」が本当のところなのでは?と思わざるを得ないのだ。

「政治家・菅義偉」の本性は「ケンカ師」?

 まず「勝負師」「ケンカ師」についておさらいしよう。

《「政治家・菅義偉」の本性は「ケンカ師」である。横浜市議を経て国政に出て以来、政局の節目には必ず勝負に打って出た。》(毎日新聞2020年9月5日、伊藤智永)

 菅義偉のキャリアをみると確かにこの評価に納得できる。政治家秘書から横浜市議選に出馬したとき(1987年)、衆院選挙に出馬して国政をめざしたとき(1996年)。

 当時のエピソードが書かれたものをいくつか読んでみると、出馬は唐突で勝ち目がなさそうな戦いであり、周囲は反対したことがわかる。

 菅本人も著書『政治家の覚悟』(文春新書)で横浜市議選に立候補したときについて次のように書いている。

《自民党の人たちからは「今回はやめておけ」、「四年後にまた出ればいい」と何度も諦めるように言われました。しかし、私は頑として応じなかった。「これはチャンスだ」と思って貫き通しました。そこが一つの運命の分かれ目だったと思います。》

 自分でもお気に入りなのだろう。自著の「はじめに」で早々に書いているのだ。

 菅は国会議員になってからもすぐに「勝負師」気配を見せた。98年の自民党総裁選で政治家一回生ながら梶山静六を担ぎ出したのである。

 このときの状況は金融危機、消費税で橋本龍太郎首相が退陣。ポスト橋本の大勢は小渕派領袖の小渕恵三だった。しかし同派の梶山静六は派閥を離脱し、独自の経済構想を掲げて総裁選に立候補。ここで大きな働きをしたのが菅だった。

《菅は小渕派の平成研究会に所属していた。梶山を担ぐとなると、小渕派から離れる以外にない。こうして衆院一回生時代の菅が事実上、自民党総裁選で梶山擁立に動いたのである。(略)いかにも無鉄砲な武勇伝として、このときの出来事がいまも永田町で語り継がれている。》(『総理の影 菅義偉の正体』森功、小学館)

 生意気な一回生議員は大御所たちを激怒させたが、それと同時に存在を認めさせた。菅の「武勇伝」の一つである。後年、菅本人がインタビューで当時を振り返った言葉が面白い。

《あの選挙をやって、私はすごく勉強になりましたし、永田町という政治の世界が見えてきました。いかに信念のない政治家が多いことか。勝ち馬に乗ろうとする。真剣勝負で戦ったのでいろんな風景が見えました。》(同書)

 この言葉は興味深い。何回も味わいたい。というのも昨年9月14日の自民党総裁選での菅圧勝の要因はなんだったか。菅という「勝ち馬に乗った」派閥が多かったからである。

 当初、安倍と麻生が考えていたのが岸田文雄だった。岸田を評価していたからではない。石破が嫌だったからだ。

《安倍の考えはシンプルだった。「石破の総裁就任は避ける」という一点に尽きた。》(『喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』読売新聞政治部、新潮社)

《麻生もまた、石破のことを忌み嫌っていた。》(同書)

 しかし岸田と石破の「1対1」だと石破が勝つという「懸念」が大きくなり、安倍と麻生は焦りだした。このタイミングを読んで菅が手を挙げたのだ。菅&二階が機先を制して勝負の流れが決まり「勝ち馬に乗った」派閥が続いた。

 時系列を書くと、総裁選が告示される前の8月30日に「菅氏 総裁選出馬へ」という情報が一気に広まった。その3日後の9月2日、自民党の細田派、麻生派、竹下派のトップがそろって記者会見し、総裁選で菅を支持すると表明した。まるで「分け前を俺たちにも寄越せ」と渋々訴えているようだった。

 あの「勝ち馬に乗ろうとする」会見を見て「いかに信念のない政治家が多いことか」と菅は今回も思っていたのだろうか。それとも信念のない政治家の習性を読んで先手を仕掛け、自分を「勝ち馬」に見せたというのが今回の戦法だったのだろうか。

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 ここまでみると菅義偉が「勝負師」「ケンカ師」と語られる理由もわかる。だから失礼を承知で言うが、温厚でボンボンの岸田文雄などが政局で相手になるわけがないのだ。忠犬・岸田文雄が「ポスト安倍」の禅譲を期待し、いじらしくアベノマスクを一人でつけてお座りしていた隙に菅と二階はとっとと政権を獲っていったのである。

 首相となった菅義偉はどんなケンカ(戦略)を仕掛けてくるのか。表面上は安倍継承を言いつつ、シレっと独自色を次々に放って首相としての大化けを狙っているのではないか? そんな見方を私はしていた。

 しかし。姿を見せた菅政権は案外だった。私は今「姿を見せた」と書いたがそもそもあまり姿を見せなかった。自分から手をあげて首相になったのに裏回しキャラのままで表に出てこない。発信の少なさに加え、Go Toキャンペーンにこだわるあまりの右往左往。日本学術会議の新会員任命拒否問題では相変わらずの強権ぶりが露わに。そしてコロナ対策では後手後手で保守派の新聞でさえ菅に小言をくれるようになった。支持率は下落の一途。

 菅首相のこの失速ぶりをどうみたらよいのだろう。昨年末にベテラン政治記者がこんな解説をしてくれた。

「菅さんはギャンブラーなんですよ。しかもトータルで言うと負けが多いギャンブラー。だけどたまに“万馬券”を当てるから本人は成功体験が忘れられない。それが今は裏目に出てる」

 ああ。

 確かに国会議員になってからの菅の「賭け」を振り返ってみると負けのほうが多い。梶山静六担ぎ出しや首相時代の麻生太郎に早期解散回避を指南して惨敗するなど、政局の大勝負に負けている。

菅氏が“バカ勝ち”した「2回の総裁選」

 ではバカ勝ちしたのはいつか? それは2つの総裁選だ。再び安倍晋三を担いで逆転勝利をしたこと(2012年)、二階と組んで自分が総裁選を制したこと。つまり今回だ。菅が勝ったのはこれぐらいであるがこの“万馬券”の報酬は大きかった。安倍政権を誕生させたことで官房長官となり権力の中央に居続けた。そして今回一気に自身が自民党総裁になれた。

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安倍晋三氏

 負けが多いがたまに大穴を当てる。これはやはり「勝負師」というより「ギャンブラー」である。

 するとどうだろう。新型コロナウイルスの拡大防止対策として、政府は昨年11月に「勝負の3週間」と呼びかけた。まさにこの勝負に菅は敗れたのだ。

 年明けには「菅=ギャンブラー」説を証明する記事も出た。毎日新聞の野口武則(政治部デスク)は「記者の目」(1月7日)で政治家・菅義偉について、

《私は第1次安倍政権発足前から菅氏を取材する。政治姿勢を一言で表せば「ばくち打ち」だ。政局となれば、全政治財産を懸けて勝負に出る。》

 ああ、嫌な予感……。では最近の判断は後手だったのか?

《安倍政権の官房長官時代に、感染再拡大の懸念を押し切りGoToトラベル導入を主導した時からぶれていない。後手に回ったというより、経済活動と感染防止の両立ができると強気の「賭け」に出たのだろう。そして敗れた。》

 わかりやすい。後手というより賭けに敗れたというこの評価は「首相のギャンブラー体質」という私の見方を完成させてくれた。そしてゾッとさせるのだ。菅個人として自民党内での権力闘争の話ならこちらは野次馬気分で楽しめる。しかし首相として賭けに敗れているのだ。我々の命運も一緒に賭けられていることになる。こんな危険なことはない。

「ブレない」はギャンブラー体質とリンク

 ここであらためて考えたい言葉は「ブレない」と「頑固」だ。

「ブレない」はギャンブラー体質とリンクしていることがおわかりだろう。最初に決めた答えを変えないから「ブレない」のである。つまり「頑固」。その根拠は自分は絶対に正しいという自信からだ。そして賭けに負け、最近は渋々と政策を変更する。

 権力者であればその強い振る舞いも気になる。

『政治家の覚悟』を読むと、菅が官僚を強い口調で蹴散らす様子が嬉々として書かれている。

 第六章の「NHK担当課長を更迭」。

「質問もされていないのに一課長が勝手に発言するのは許せない。担当課長を代える」

「ダメだ」

 そして、

《「いいから、代えるんだ」と押し切りました。》

 自慢げに書いている。この本にはほかにも官僚に対する「強い口調」の描写が度々出てくる。

・「それなら地方交付税を含めていっさい口出しするな!」つい、語気を荒らげてしまいました。(P78)

・私は強く言いました(P81)

・「何を言っている。当然、全国に波及させるためにやるんだ!」と言うと主計官は絶句していました。(P159)

・こんな理事がいたのでは、改革などできないと感じた私は、道路局長を呼んで、「夜中は走らせないなんて理事は辞めさせろ」と命じました。(略)私がそこまで怒っていると知った理事は、何度も面会を求めてきて、「私の勉強不足でした。ぜひ、そういう方向でやらせてください」と積極的に取り組んでくれました。(P162)

 自慢のオンパレードである。

 もともとこの本は『政治家の覚悟 官僚を動かせ』(2012年)というタイトルだったが、これでは官僚を動かせというより脅しているように見える。改革するにしても、反対意見にも耳を傾けて議論していくという発想がこの本からは見えない。自分が一番正しいという結論から始まっているのだ。今回の学術会議の件に見事に通底している。これを「ブレない」と評価するのか「頑固」だと思うのか。私は後者だ。議論が存在しない頑固。

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 就任3カ月を振り返った「首相説明不足の3カ月」(毎日新聞2020年12月16日)では、Go To停止にしろ学術会議問題にしろ、ことごとく説明をせずに裏で一人で決断する「菅流」について書かれていた。

 読売新聞も就任から3カ月を振り返り「『首相主導』に死角」(12月16日)と官邸内に調整役不在であることを指摘。

「首相に直言できる人が周りにいないのが問題だ」(自民党の閣僚経験者)

「首相が全て自分で差配しようとする」(首相周辺)

 その一方こんな記述もあった。官房長官時代と違って「圧倒的に情報が入らなくなった」と菅首相が閣僚の一人にこぼしたという。この読売を頭に入れて翌日の朝日を読んで欲しい。

《政権幹部は「首相に情報が入っていないことに注目している人は多い」と、首相の「孤立ぶり」を危ぶむ。》(朝日12月17日)

 官房長官時代と比べると首相には情報が入ってこないという。でも一人で決めてしまう。またしても危うい空気が漂ってきた。周囲は何か進言したほうが良いのでは?

 すると、

《人事による霞が関の統制を主導してきた菅氏には、官僚からも「不興を買えば飛ばされる」と萎縮する声が上がる。》(朝日・同)

 ああ、今までのおこないがすべて……。こうなると惨劇が起きる。

コロナ対策の「賭け」が今後も続けられる

 ニコ生で「こんにちは、ガースーです」と言ってスベったことを思い出してほしい。あれは首相のアドリブで同行の首相秘書官たちも驚いた表情だったという(東京新聞12月15日)。

 つまり菅首相が一人で決めて実行した「例」なのである。そしてスベった。「自助」だけではキツいことが証明されてしまった。いま、官邸はこんな状況になっている。

 勝負師でブレないと言われた菅首相だが、実は負けの込んだギャンブラーで決断の際には周囲の話を聞かない頑固さが浮かぶ。

 そんな人がやる「賭け」が今後もコロナ対策として続けられるのだ。丁寧な説明なしに。

 1月8日に『報道ステーション』に出演した際は、緊急事態宣言を1カ月やってみて効果がなければ対象拡大や延長は考えられるのか? という質問に対して「仮定のことは考えないですね」と言っていた。ギョッとするが「負けることは考えないですね」と変換してみるとわかりやすい。

 そういえば菅さんはカジノ招致に熱心だった! まずい、まずい!

 東京五輪にも賭けているなぁ。

 菅首相のギャンブル依存を誰か止めて!

 以下、後編に続く。

(敬称略)

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