
【37- 経済】金融緩和の出口戦略で実施されていた図上演習と肥大化する日銀|軽部謙介
文・軽部謙介(ジャーナリスト・帝京大学教授)
出口戦略で金利が跳ね上がる可能性
安倍晋三前政権が立案・実行し菅義偉首相も引き継いだ経済政策、「アベノミクス」。その第一の矢に据えられた「大胆な金融政策」を停止し方針転換をはかるのが日銀の「出口戦略」だ。新型コロナウイルス感染拡大の打撃が大きく物価も上昇していない経済情勢を考慮すれば「出口」は当分来ないとみられるものの、日銀事務当局はXデーに備えてシミュレーションを繰り返している。
「2%の物価安定目標の実現までにはなお距離があることを踏まえると、出口のタイミングやその際の対応を具体的に検討する局面には至っていない」
出口戦略をめぐる質問に、日銀の黒田東彦総裁はいつもこう答える。
しかし、日銀の事務当局は、黒田総裁による大規模な金融緩和が始まったその時から、「出口」を想定し何が問題となるのか検討を重ねてきた。
その一端が顔をのぞかせたのは、2015年10月の政策委員会に提出された機密資料だ。情報公開請求にもとづき入手したが、そこにはこう書かれていた。
「出口局面では、保有国債の償還、資金吸収オペレーションの活用、超過準備に対する付利金利引き上げ等を含む諸対応により、収益が下振れ、状況によっては赤字となる可能性もある」
中央銀行が赤字となれば、通貨の信認に直結しかねない。この時の部内資料は「だから引当金制度の拡充が必要だ」という主張につながっていくのだが、出口を出る場合中央銀行の信認に関わるような事態が待ち受けているということは、日銀内部では以前から認識されていたことになる。
この資料の前提となる細かな数字については言及がないが、幹部は「提出資料の裏には30パターンくらいの試算がある」と胸を張る。日銀はすでに出口を出る際の「図上演習」を何回も実施しているようだ。
アベノミクスの開始とともに、日銀は2%の物価目標を導入。新しく総裁となった黒田氏は「異次元緩和」と称して国債を買いまくりお金を市中に流してきた。おかげで日銀の国債保有額が発行残高の半分近くに当たる約536兆円(2020年8月末)に達するなど、バランスシートは肥大化の一途だ。
仮に物価上昇率が2%になり出口を出るときは、(1)金融機関が日銀にもつ口座に対してつけている金利を意味する「付利金利」を引き上げていく(2)日銀が日々の市場操作(オペレーション)で行っている金利の誘導目標を引き上げていく――などの方法をとるとみられる。
問題は市場と政府だろう。日銀が出口を出る時、より正確に言えば、出口を出るという気配を漂わせ始めた時、金利が跳ね上がる可能性もある。
その好例が1998年末から翌年にかけての「資金運用部ショック」だろう。当時、財政投融資の原資を運用し、国債市場での最大の買い手となっていた資金運用部が、国債買い入れ停止を表明したところ、長期金利が跳ね上がったという事件だ。関係者は「市場とのコミュニケーションがきわめて重要になる」と口をそろえる。