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【特別全文無料公開】前澤友作|僕の「お金の哲学」を語ろう

2019年9月12日、前澤友作氏はファッション通販サイト「ZOZOTOWN」を運営するZOZOの保有株式の大半をソフトバンクグループ傘下のヤフーに売却する意向を表明。同時に代表取締役社長を退任することを発表した。この売却などによって前澤氏が手にする売却益は2000億円超と見られている。

証券や不動産を含めることなく2000億円を超える現金をもち、それを自由に使える個人は日本に前澤氏以外に見当たらず、ある意味、日本一のお金持ちともいえる。そんな前澤氏は「お金」という存在をどのように考えているのか。

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前澤氏

13の事業を始動した理由とは?

僕は、今、手元にあるお金をすべて使い切ることに全く躊躇はありません。2018年に月の周回旅行に行くことを発表しましたが、宇宙に行くといっても、すべてのお金を一人じゃとても使いきれない。そこで「事業家の皆さん、出資しますので一緒にやりましょう」という想いで、昨年、出資先を探すために「10人の起業家」という企画を打ち出しました。そこでご縁のあった企業に加え、自社で事業も立ち上げ、年始に発表させていただいた通り、13の事業を始動しました。僕にとって「第2の創業」となります。

ZOZOの退任会見でもお話ししましたが、1998年の創業から会社の代表として好きなことだけに集中し、本当に夢のような時間でした。退任会見で「新しいチャレンジをします」と宣言してから時間がかかってしまいましたが、実業家として再スタートを切ります。手掛ける13の事業は次のようなものです。

(1)フィンテック事業
(2)ひとり親の養育費保証事業
(3)ペットを幸せにする事業
(4)サバの養殖事業
(5)釣りSNS事業
(6)自宅で健康チェック事業
(7)医療介護マッチング事業
(8)プライベートジェット事業
(9)海中旅行事業
(10)有名人にあなた向けの動画を注文できる事業
(11)子供の才能を伸ばす事業
(12)大学生向け履修管理アプリ事業
(13)政治家の選挙活動支援事業

総額約100億円の出資ですが、全社で上場を目指します。たとえば(2)のひとり親支援事業は、元パートナーからの養育費の支払いを保証するための企業を設立しました。日本では離婚による母子家庭のうち養育費を受け取れていない方が75%を占めるなど、養育費は大きな社会問題となっている。新会社ではひとり親に対し、養育費を安定的に受け取れるように、法律の専門家と協力してサポートします。

社会問題を解決しようとする事業もあれば、(5)や(8)(9)(10)など世の中を楽しくできる事業もある。こうした事業では、好きなことを追求すれば仕事に繋がり、それが労働生産性を上げる最適解だということを証明したいと思っています。

出資の仕方も事業によってさまざまです。僕が100%株主を務める事業もありますが、そうでないのもある。ただ共通するのは、単に投資家として出資するのではなく、創業した経営者と一緒に事業規模を大きくするため、経営方針にまで深くコミットするつもりです。

「お金」について考えてきた

なかでも特に思い入れがあるのがフィンテック事業です。これまでとは違った新しいお金の流れをつくるための電子決済事業を作りたい。この事業を通じて、お金で苦しむ人を一人でも減らし、世間の方々がお金の価値観を見直すきっかけにしたいと思っています。

お金とは何か——。これは僕が人生をかけて取り組んでいるテーマと言っていい。そもそもお金って何のために存在しているのか。

学生時代から僕はお金について考えてきましたし、ZOZOを立ち上げてからも、株式上場時など、折に触れて悩みに悩み抜いてきました。

お金について単なる社会的価値を数字で示す道具として考えている人が多いのですが、僕はお金を、「ありがとう」という感謝の念を伝える際に使うものだと捉えています。たとえば何か素敵な品物を購入したとき、生産者、店員の方々はもちろん、運送・運搬してくれる人に「ありがとう」と謝意が生まれる。その謝意を金額が表しており、金額の多い少ないは「ありがとう」の総量の違いだと思っています。

しかしお金の概念を誤解し、「お金を持っているんだから何でも買える、何でも買わせろ」と、お金を持っている人間は偉いと思っている人も少なくない。その価値観こそ僕が変えたいものなのです。

ここ最近、僕は「お金配りおじさん」と自ら称し、ツイッターを駆使して自分のお金を配ってきました。19年1月、お年玉で100万円を100人に配った(計1億円)のを皮切りに、20年のお年玉では100万円を1000人に配ったり(計10億円)、ひとり親や夫婦を対象にした基金を立ち上げたりしました。20年の7月からは毎日10万円を10人に配り続け、これまで配ったのは総額26億3400万円となります(12月16日現在)。

この「お金配り」には本当に様々な意見が寄せられます。「下品だ」というお叱りの声、また「経済的に困っているから」と参加する人。そして「なんとなく面白そう」「新しい寄付の形」ととらえる人もいれば、「バカが応募している」などと参加者まで叩く容赦ない声まであります。

どうして批判を受けてまでお金を配るのかと聞かれることもあります。最大の理由は、僕がいま手にしているお金は自分一人で稼いだものではないからです。いろんな方々に協力していただき、たまたま今、僕が持っているだけ。そんな思いが強い。だから社会にどんどん還元し、恩返ししないとダメだと思うんです。その手段のひとつが「お金配り」です。多くの人が事業や勉強、生活など、新しいことを始めるきっかけになればいいと思っています。

ツイッターのフォロワーは1000万人を超す

3.5億円の車を買った理由

お金がないから好きなことができない。お金がないから不幸だ。その考えは絶対に間違っている。人間は何のために生まれてきたのかと言ったら、楽しく幸せに人生を過ごすためでしょう。それなのに人生の大きな決断をするとき真っ先に懐具合を心配する人があまりに多い。そういう困っている人や、チャレンジできない人に対して、お金より大切なことがあると気付いて欲しいし、「僕が助けられるなら、助けてあげたい」という気持ちです。

なかなか理解してもらえませんが、僕は大金を使う際、誰にどう還元できるか、恩返しできるのか、誰かを応援してみたいという視点で考えています。そうじゃなきゃ自分で運転しないのに一台3億5000万円のスーパーカーなんて買わない(笑)。パガーニ・ゾンダZOZOというイタリア車は、生産終了したモデルを特別にカスタムしてもらったので世界に1台しかありません。車工場で実際にものづくりに携わる方から、技術や夢について話を聞くと、その人たちの情熱を誰かが継承しなくてはいけないと思うのです。たまたま経済的に恵まれ、お金を持っている人がそれをやらなくてどうするんだという気持ちが生まれます。

金融商品には興味がない

千葉に建設中の自宅にも、そんな恩返しの想いが詰まっています。14年に着工しましたが、まだ完成しておらず、千葉のサグラダ・ファミリアと呼ぶ人もいるほどです(笑)。間取りや外観はそれほど奇抜ではありませんが、室内やトイレ、庭園にいたるまで職人さんの最高峰の技術が詰まっています。

職人さんから「ここの部屋は最高級の土壁にしたいんですが」と言われ、OKすると「ありがとうございます。では半年工期が伸びます」と。ある時は「仕上がりに納得がいかないから半額でいいのでやり直させて下さい」と言われたり、工期は延長に次ぐ延長です。なかなか完成しないのは職人さんたちの妥協しない姿勢の結果であり、自宅は職人さんたちの技術が結集した実験工房になっています。僕の中では、お金を持つ人間が技術の価値をきちんと評価し、適正な金額で発注しないと、職人さんの高い技術が失われるという危機感があるのです。

週刊誌に「前澤は一本数百万円のワインを飲んでる」などと書かれることもあります。もちろん美味しいワインを飲みたいという気持ちはありますが、同時に生産者を応援したいという気持ちもある。こうしたワインは、最高級品種のぶどうを丁寧に栽培し、最高の状態で樽に入れて厳正に管理されています。高い技術に高い値段をつけてもいいじゃないかと思いますし、値段を気にして誰も買わないのも意味がないし、後進は育たない。技術の進歩がストップしてしまいます。

ただ、こういうお金の使い方が皆さんに理解されないのもわかります。「そんなこと言っても金があるから買えるんだろう」で終わってしまう。それでも僕はお金を自分の手元に滞留させてもいいことがないと思っています。だから使い続けてきた。

一方で、まったく興味をもてないのが金融商品です。デリバティブや仕組債を買っても誰にも感謝されないし、他人とシェアできないからつまらない。人の顔が見えない商品は買いづらいです。

「お金配り」は社会実験

そんなにお金を使いたいなら慈善団体に寄付したらどうかとおっしゃる方もいます。アメリカや欧州の寄付文化には注目していますが、新しい事業への関わり方と同じで、僕は、「寄付してハイ終了」とできない性分です。お金がきちんと回っているかどうかフォローして把握したい。お金を出すだけ出して自分の手を動かさないのは後ろめたさがあって落ち着かないのです。

災害支援も難しい。金銭的な支援だけでなく、僕自身が現地に駆けつけるつもりでやっているんですけど、外部の人間は立ち入り禁止というケースも多いし、僕が炊き出ししても邪魔になるだけだと思ってしまったり……。適切なやり方はまだ見つけられていません。

マイクロソフト創業者のビル・ゲイツは、総資産約12兆円の大富豪ですが、かねてから全財産の半分を慈善団体に寄付しようと資産家に呼びかけています。また今回の新型コロナの流行に際し、奥さんと共同で立ち上げた「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」から感染症のワクチン普及のため1700億円を出資すると表明しています。彼は、自分の資産をどのように使うべきか、確固たる哲学の下できちんと計画しているのでしょう。

ビル・ゲイツ氏(共同)_トリミング済み 2020年7月号

ゲイツ氏

僕はまだ自分のお金で何ができるのか、何をしたいのか、探っている状態です。宇宙に行ったら「宇宙分野に全財産を注ぎ込む」と言い出すかもしれませんし、財産の使途についてまだ決め切れていません。

僕の「お金配り」は理由があってやっていることなのですが、批判されることが多い。最初はツイッターのバッシングに打ちのめされることも多く、何度もツイッターを止めようと思いました。ただ、自分の想いや情報を瞬時に伝えられるメディアは今、他にありません。それに最近はバッシングにもだいぶ耐性ができてきた気がします(笑)。

そもそも情報発信をするからには、多少の批判は覚悟していますし、それくらいじゃないとだめ。そうじゃないと話題にもならない。自分の中には「お金配り」にもゴールがあるので、近い将来、「こういうことがやりたくて前澤はお金を配っていたのか」と理解していただける日が必ず来ると信じています。

実は、昨年1月に実施した「お金配り」は、社会実験も兼ねていました。我々の研究チームは前澤式ベーシックインカムと呼んでいます。100万円を1000名(計10億円)に配ったのですが、4月に一括で受け取る人、10月に一括で受け取る人、毎月分割で受け取る人などのグループに分け、17回にわたるアンケート調査を実施。手にした100万円によって当選者の仕事や生活にどんな変化が起きたのかを答えてもらいました。

そのアンケート結果を踏まえ、駒澤大学の井上智洋准教授や京都大学の宇南山卓教授などの協力を得て、思わぬ収入が当選者の行動(貯める、使う、労働時間を削るなど)にどう影響するのか、価値観に変化が起きるのかなど、マクロ経済学、行動経済学、公共経済学など様々な観点から分析してもらいます。調査結果は、今後の研究にも役立ててもらいたいと考えています。

借金は躊躇すべきでない

かねてから僕は生活に必要なお金を全国民に配る「ベーシックインカム」という政策に強い関心を持っていました。現金が支給され、金銭面で生活の心配がなくなると、人間は好きなことを仕事にできるのではないか。それが労働意欲につながり、労働生産性の向上につながるのではないか。僕は、ベーシックインカムこそが人間を幸せにする政策ではないかという仮説を持っており、それを証明したいのです。

日本では、国に納められた税金によって社会保障や公共事業費が賄われますが、自分の税金がどう使われたのかは把握できないこともあって、自ら喜んで納税する人は少ない。

また金融機関からの借金もマイナスイメージで語られることが多く、敬遠したり躊躇する人が少なくない。お金の量を増やすことで本当にやりたいことが実現するのならば、できる借金はすべきだと思っています。返せなかったらそれはそれで仕方がない。銀行はお金を貸してなんぼの商売ですし、リスクヘッジのために金利があるわけですからね。

世の中からお金をなくす

このようにお金に対する価値観が硬直化する現状で、僕は民間主導で「富の再分配」ができないかと考えています。いまは僕個人で活動しているだけですが、今後、大きなムーブメントを巻き起こせれば、政府支援が行き届かない分野に資金が届けられる。またお金や労働に対する考え方を劇的に変えられるのではないかと期待しています。

笑われるかもしれませんが、究極の目標は「世の中からお金をなくすこと」。貨幣価値を無効化したいのです。そんな「お金がない世界」がいつの日か来たらいいなあと思うんです。人間がお金から解放されれば、生きる意味や働くことを見直し、人間らしさを取り戻せるのではないか、と。

現金がなくなればどうなるか。

全ての金融取引が停止され、人々や企業の口座残高がゼロになる。どんなに貯蓄があろうが、どんなに借金があろうが全部チャラ。残るのは今までの人間関係や信用です。同時に全ての商品やサービスも無料になります。電車に乗るのも無料、コンビニでは自分の好きなものを好きなだけ手に入れられます。もちろん税金を納めることもありません。

お金がない世界では、自分の好きなことを仕事とし、人を喜ばせたり感動させられる人に感謝が集まる。多くの人が本来仕事とはそうあるべきものだと気付くはずです。逆に自分の事だけを考えて仕事をしている人は生きづらくなるし、お金を払う人が偉いのではなく、何かを生み出すことができる人に尊敬が集まるに違いありません。

この話をすると、「前澤はおかしい」「お金を持っているお前が『お金をなくす』とは何を言ってるんだ」とお叱りを受けます(笑)。「すみません、おっしゃる通りです」としか言いようがないのですが、もちろん現行の経済システムではお金の力はまだまだ絶大です。こうして僕の夢物語について発言の機会を与えてもらえるのも運よく事業を成功させ、経済的に恵まれ、注目していただいているからです。今後も起業家としてしっかり稼ぎ、発信力と影響力を強化し、こうした考えを広めていきたい。逆説的な言い方になりますが、「お金をなくす」ため、僕ももっと働いてお金を持たなくてはいけないとも思っています。

満員電車のサラリーマン

中学生の頃から、僕はお金の概念や意味を考え続けてきました。お金に関して、他の家庭同様、両親が「あそこの家はお金があるのに、なぜうちは……」と言い合う場面を目の当たりにしたこともありました。また学校で「この先生はお金のために教えている」「いや、あの先生はハートで教えてくれているな」と思うことが度々あって、大人とお金の関係を考えることが多かった。

僕が育ったのは、父親がサラリーマンのごく普通の家庭です。特別な教育は受けていません。ただ恐竜の図鑑をずっと読み続けて一冊丸ごと覚えてしまったり、好きなことにとにかく没頭する癖があったそうです。当時からお金の使い方はちょっと変わっていました。最初に手にしたのはお年玉。使い道は、ビックリマンチョコのシールやキン肉マンの消しゴムを集めることでした。好きなことにとことんお金をつぎこむタイプでビックリマンは箱ごと買っていましたね(笑)。

もちろん金額は比べものになりませんが、「好きなものを好きなだけ買う」という基本的な金銭感覚はいまでも大きく変わっていません。小さい頃から、両親には「お金を貯めなさい」と言われていましたけど、全然貯めなかった。働くようになってからもどんどん使っていたので、貯金ゼロの状態が続いていました。

会社が成長していくにつれ、通帳の残高の数字にゼロの数がどんどん増えていきましたが、ゲームの点数と同じようにしか感じられず何の実感も持てませんでした。大金を手にしたからといって万能感みたいなものも生まれなかった。

ただお金が増え始めたばかりの頃は、周囲の僕を見る目が一変し、ギクシャクすることもありました。ことあるごとに「お前は金持っているからいいよな」と言われるのです。思わず「ごちゃごちゃ言うなら、お金をあげるよ!」と言い返したこともあった。お金には人間関係を分断する恐ろしい魔力が秘められていることもリアルに体感しました。

お金と仕事の関係性を考えるうえで、決定的となった体験が2つあります。その一つは、高校に入学して満員電車のサラリーマンを見たときのこと。同じようなスーツを着て、同じ電車に押し込められて、朝から疲れ切った表情をしている……。15歳の少年にとって、センセーショナルな光景でした。なんてつらそうなんだろうと愕然としたことをよく覚えています。千葉県の片田舎から通っていた早稲田実業高校まで1時間半。当時、日本で最も混んでいた東西線に乗って、ずっと彼らを観察していました。「まずい、このまま大学に入って就職すると、僕もこうなる可能性が高い」と痛感したんです。急に大学進学に興味がなくなり、結局高校をドロップアウトしました。両親はそのまま早稲田大学に進学したほうが将来の可能性が広がるという考えでしたが、僕はこのまま同じレールに乗っていると、自分の可能性を狭めるとしか思えなかったのです。

お金に縛られる人生は嫌だ――。幸せそうでない満員電車のサラリーマンをみて、そう感じたことは、僕の人生を決定づけたと思います。

「持ってるな、オレ」

一方、高校時代に生きる指針となる発見もありました。バイト経験です。当時、ミュージシャンの夢をもちバンド活動に熱中していた僕は、練習するスタジオ代を稼ぐため、いくつかのアルバイトを掛け持ちしました。学校に行くことなく、朝から直接バイト先に出勤することもありました。スーパーで魚や肉を売ったりレジ打ちをしたり。建設現場で肉体労働をしたこともあります。子供の時から漁師、大工さんや1次産業の仕事に憧れがあったし、身体を使う仕事が好きだったのです。

バイトの現場で思い知らされたのが、どんな仕事でも楽しめばパフォーマンスが断然、向上するということ。また仕事が捗れば上司から評価され、時給も上がる。その上、お客さんも喜んでくれます。逆に嫌々、仕事をしていると捗らないし、疲労もたまる。誰も幸せになりません。高校生のバイトという立場であっても、働き方次第でここまで変わるんだと身をもって実感したのです。

高校をやめた後、ミュージシャンとしての活動と並行して、海外のCDやレコードを輸入して友達に売り始めました。最初は友達相手に、次はその友達の友達が欲しがってと、お客さんが増え続け、いつの間にか対面で売り捌けなくなり、カタログ通販に切り替えました。社員の雇用という考えもなく、友達やお付き合いしていた彼女に手伝ってもらうだけでした。そうすると周りから「これは商売だから法人化して税務申告しないといけないよ」「社員にして給与を払うべき」と言われて、仕方なく会社を立ち上げた。2年後にカタログからネット通販に切り替えたタイミングで服も売り始めた。これがZOZOTOWNの原点です。

ZOZOをスタートさせる前は「会社を作りたい」「起業家として成功したい」なんて思いは一切なかった。「面白いことをしてやろう」「お客さんを驚かせよう」という考えしか頭にありませんでした。とにかく他人と同じビジネスはしたくなかったし、むしろ誰も手掛けないことに燃えるタイプ。先人と全く違う考えを持ち、誰も通っていない茨の道を行く人こそが成功する。その信念は今でも変わりません。

もちろんZOZOをここまで大きく成長させられたのは運の力も大きい。自分でも「持ってるな、オレ」と思ったり、運命を感じたりすることもある。高校を中退したのは最たる例で、両親から「絶対にやめて」と何が何でも引き止められていたら違う人生が待っていたはず。逆に言えば、早い段階で僕はこのレールに乗っていてはダメだと気付けたのはある意味、才能と言えるのかもしれません(笑)。また僕がZOZOを退任した半年後から新型コロナの感染拡大が始まった。退任前にコロナが流行していたら代表取締役を辞める選択肢はないし、ZOZOから離れられなかったのかもしれません。

徐々に主力商品をアパレルに転換すると、業績は順調に伸び、会社の規模が大きくなっていきました。04年に現在のZOZOTOWNを開設し、株式上場が視野に入った05年頃から、またしてもお金について真剣に考える機会が出てきました。

給料って何だろう、雇用とはどういうことなのか。上場して会社の規模が拡大すれば、「満員電車のつらい顔をしたサラリーマン」を生み出すことにならないか。相当悩み、ありとあらゆる経済書を読み漁りました。

たどりついた結論は、給与・ボーナスの一律化と短時間労働制の「働き方改革」でした。まず、07年のマザーズ上場の前後で、社員にはお金のために働くという考えを忘れてもらうため、成果主義を撤廃。まず楽しんで仕事をしてもらい、そこで生まれた収益を均等に分けたのが給料だと。社員にはそんなイメージを共有してもらいました。

共産主義のように思われるかもしれませんが、中央集権的な支配者がいるのではなく、お互いが支え合う、共産主義と資本主義の間くらいのイメージです。今でいうシェアリングエコノミーみたいなこと。共産主義でも資本主義でもない、何かアップデートされた新しいものが出てきてもいいと思っていました。

給与が一律だからといって、額面を低く抑えたわけではありません。1部上場企業にふさわしい金額に設定していましたし、アパレル業界では高水準だったはずです。また僕が社長だった時期は、基本的に給与を下げたことはありません。今後どうなるかは知りませんけど(笑)。

さらに12年5月から「ろくじろう」という6時間労働制を導入し、短期集中型の働き方を推奨しました。所属チームの仕事が終わったら、定時前に帰宅していいと決めました。家族と過ごしたり、趣味や勉強に充てたりしてもいいと。こうした時間が次の仕事へのモチベーションを生むと考えたからです。

本来、仕事はお金を気にせず、自分のやりたいことを具現化したり、得意なことを実現し、社会に役立てることのはず。楽しみながらやるべきです。その原理原則を貫く社員が増えれば増えるほど、会社は活性化し、成長します。実際、ZOZOの売り上げ、株価は上昇し続け、従業員も増えていきました。

社員は疲弊していませんか

僕の知る限り、この働き方改革の弊害はなかった。ただ成果主義バリバリの会社からZOZOに中途入社した社員は、当初、物足りなさを感じたそうですが、すぐに馴染んでいました。ZOZOのように賃金一律制や短時間労働制を採用する企業が増えれば増えるほど、社会全体として労働者の満足度が上がると信じていますし、なぜ他社はやらないのかと思います。成果主義を続ける企業の経営者には「社員は疲弊していませんか」「鬱病で出社拒否の社員はいませんか」と問うてみたいです。

ZOZOを上場させたのも、理想とする会社経営を自ら体現することで、こうした考えを広め、思い描く社会に近付けるためでした。

非上場のまま会社の規模拡大をもとめないという選択肢もあるにはありました。ただ千葉の小さな会社の社長が「好きなことを仕事にしよう」「お金のために働いてはいけない」と世間に発信しても、誰も聞く耳を持たない。だからまず上場して会社を成長させて、物を言うのはそこからだと決断しました。

実際、時価総額1兆円を超え、様々なメディアに注目していただく中で、ZOZOの給与制度や労務環境への取組みなどの考えを広めていくことができました。

1円残らず使い切る

会社を成長させる上で経営者として心がけていたのは、サービスや商品に関わる全ての人の顔を想像することです。近江商人の買い手よし、売り手よし、世間よしの「三方よし」の精神ではないですが、全員が幸せになるよう全体のバランスを調整する。大きな視野で考え、そのために必要な方針のディテールをしっかりと練る。マクロ、ミクロ、どちらか一方にこだわり過ぎても経営は上手くいかない。「木を見て森も見る」という考え方です。この姿勢がバランス感覚を養い、変化のスピードが速い業界で生き残れたのかもしれません。

この記事を読まれている方々の多くは、僕よりも先輩で、経験や知見も豊富だと思います。だから若者に対してどんどん意見を発信してもらいたいと思います。同時に、手持ちの資金に余裕がある方には、若者への投資や寄付を考えて欲しいのです。自分のために使うことでは絶対に得られない満足感があります。皆さんからの投資をうけた若者は成功すれば必ず年配の方々に恩返ししようとするはずです。

社会にそうした好循環を生み出せることは本当に格好いいし、僕もそういう老人になりたい。僕自身、自分のお金を子供に遺すつもりもないし、1円残らず使い切るのが理想です。人生の最後に「若いやつにお金を使っちゃって一銭も残っていない。あとはみんなで頑張ってよ」と言いたいのです。

文藝春秋2021年2月号「僕の「お金の哲学」を語ろう」

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