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大阪コロナ感染爆発でも…吉村洋文・府知事はなぜ失墜しないのか

単なるポピュリストか、実務家か──。感染拡大を防げなかった大阪府知事の正体。/文・石戸諭(ノンフィクションライター)

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▶︎致命的な「失敗」が続いているように見えるにもかかわらず、吉村を評価する声が多いのは、大きな謎である
▶︎弁護士という共通のバックボーン、都構想マニフェスト作成という実績から橋下は吉村の能力を評価し、松井はその忠誠心を評価した
▶︎吉村が致命的な失敗を繰り返し、なおかつ大阪の野党が方針を転換して「府市一体」となり、吉村よりマシな対抗馬を立てない限り、いくら強固な不支持層が批判を繰り返してもゆるい支持は失われそうにない

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石戸氏

追い込まれた吉村知事

2021年4月23日、大阪府庁。3度目の緊急事態宣言の発令を受けて、記者会見が始まった。

「いま強い措置を取らなければならない」

こう切り出した大阪府知事・吉村洋文(ひろふみ)は明らかに追い込まれていた。

側近の大阪維新の会幹事長・横山英幸(大阪府議)は、第4波に直面して以降、吉村が、「大阪の医療を(昨年の)ニューヨークのような状況にしてはいけない」と、知事室で繰り返し語る姿を目にしてきた。

大阪の感染状況は3月に入って急速に悪化し、府が描いたシミュレーション、それも最悪の想定に沿って重症患者数は膨れ上がった。通常の医療体制は完全に崩壊した。

これまで私権の制限に慎重だったはずの吉村が、「社会不安、社会危機を解消するため、個人の自由を大きく制限することがあると、国会の場で決定していくことが重要だ」と踏み込んだのも焦りの証左だろう。

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吉村知事

吉村洋文には大きな謎がある。それは吉村本人や大阪維新の会に反対する人々、あるいは府外の人々には致命的な「失敗」が続いているように見えるにもかかわらず、吉村を評価する声が多いという事実だ。一体なぜ——。

3度目の緊急事態宣言もそうだ。反対派はこう批判する。

「2月の時点で2度目の緊急事態宣言解除に動いたことが、いまの感染者増加につながったのではないか」

「変異株が流行する兆しが見えた3月下旬、厳しい措置をとれば、こうはならなかった」

それ以外にも失敗はある。昨年8月、会見の中で唐突に、新型コロナウイルスの感染拡大防止策として、イソジンをはじめとするポビドンヨードを含むうがい薬を推奨した。ところが医学的根拠が薄弱だと多くの批判にさらされた。

コロナ対策以外にも目を向けてみよう。2020年11月1日には、維新の目玉政策である「大阪都構想」への賛否を問うた2度目の住民投票が実施された。事前の予測では圧倒的優位とみられていたが、結果的に反対派の逆転を許した。

都構想敗北は、維新という政党のアイデンティティを揺るがすような危機ですらある。しかも、この新型コロナ下で住民投票を強行したのだから、吉村への批判がもっと強まってもいいはずだ。「失敗」についての吉村の言い分は、連日報道されてきたが、「政治は結果責任」という彼らも好む格言に従うならば、肝心なところで結果は残せていない。

吉村には勝てない

それでも2020年12月末、朝日新聞の郵送による世論調査の結果によれば、依然として新型コロナ対応で評価の高い政治家として名が挙げられた。それも2位につけた東京都知事・小池百合子を圧倒的に引き離して、である。4月に入り連日、全国最多の新規感染者数が出て、緊急事態宣言に追い込まれた現時点では、昨年末ほど評価は得られないという反論もあるだろう。

では、こう問うてみたらどうか。誰が吉村に取って代わるのか。残された任期はあと2年だ。府政を長く取材してきた在阪ベテラン記者は冷静に見ている。

「大阪では野党の自民党、それに立憲、共産まで相乗りした統一候補を立てたとしても、吉村さんに選挙で勝つというのは、並大抵のことではない」

看板政策である都構想には反対しながらも、選挙では維新の吉村を支持する大阪の有権者の民意——。謎はふくらむばかりだが、あらかじめ結論を示しておくと、大阪の有権者はパフォーマンスやメディアに踊らされていたわけではなく、冷静で合理的な判断として、吉村、維新を支持している。すべては、そうした現実を受け止めて、理解するところからしか始まらない。反対派が待望する失政を繰り返しながら、しかし反対派を圧倒する「吉村洋文」という存在を探っていこう。

吉村知事 共同 2020021801417

「難しいですよ、社会は」

私が吉村に直接、問いただす機会を獲たのは、4月6日だった。コメンテーターとして出演した夕方のニュース番組「キャスト」(朝日放送)に、吉村が出演したのだ。

この日、大阪は過去最多となる新規感染者数719人を記録していた。吉村は、この事実を真剣に恐れていた。隣の席で「感染者数は719人、過去最多です」と発表した時の表情は、演技やポーズとは言えないくらい強張っていた。

それも当然で、その時点での大阪の重症病床数は最大で224床だったが、早晩これ以上の重症者数となることは予測できていたからだ。その点を踏まえて、私は医療体制について、いくつか質問をした。

「変異ウイルスが流行している以上、重症病床数224床は明らかに足りなくなる。ここから増やせる見込みはあるのでしょうか?」

これに対して吉村は、メモなどを見ることなく答えた。

「ICU(集中治療室)はそもそも都市部においても多くなく、大阪でも数に限りがある。主に中等症を治療している基幹病院でICUがあるところは、重症患者を専門的に治療していた病院に転院ではなく、その病院で重症を治療してくださいとお願いすることになる。224床から増やすことは可能ですが、飛躍的に増えるということはないです。しかし患者数は飛躍的に増えていますから、ここを抑制しないといけない」

重症病床を増やすにも限界があるという現実を、甘い見込みや希望的観測を排し、踏み込んで語っていた点は、反対派が言うほど無責任なものとは思えなかった。その後、打ち出した不急の手術を延期する要請も理にかなったものだった。

無論、私は諸手を挙げて彼のすべてを擁護する気はない。吉村が府民へのアラートとしていた、通天閣などを赤く染める「医療非常事態宣言」にどれほどの効果があるのかという疑問は最後まで消えなかったし、府外からの医療支援も要請したほうがいいのではと思った。

しかし、初対面の印象は決して悪いものばかりではなかった。私の記憶に強く残っているのは、オンエアー中に連呼していた「府民へのお願い」や「方針」よりも、CM中にぽつり、ぽつりと自身の職責について語っていた言葉だった。

「体というより、気がしんどいですね。常に感染者数のこと、病床のことばかり考えていて、気が休まらないです。感染が広がれば、亡くなる人は増えます。医療従事者はずっと大変な状況にいる。飲食店をやっている友達だっていますし。かたや感染しても自分は大丈夫と思う人もいる。難しいですよ、社会は。いろんな立場の人がいますから」

ただ一方的に「敵」を仕立て、自分を正義とする構造を作るのではなく、綺麗事だけではすまない「社会」と丸ごと向き合おうという気持ちは感じられた。

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吉村は1975年、大阪府南部に位置する河内長野市のサラリーマン一家の家庭に生まれた。勉強がよくできるタイプだったようで、地域の名門・府立生野高校を卒業した吉村は、九州大学に進学し、23歳で司法試験を突破する。

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