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外事警察秘録④ 経済安保「華為」の脅威 北村滋

文藝春秋digital
外事情報部長だった私は孤立と焦りに似た思いに囚われた。/文・北村滋(前国家安全保障局長)
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北村氏 差し替え用写真

北村氏

中国による「サイレント・インベージョン」

中国の脅威の本質は、「軍民融合」すなわち、軍事技術と民生技術とを国家の意志の下であらゆる手段を駆使して連携させる「複合連携」とも言える実態である。

本年8月1日、経済安全保障推進法の一部が施行され、内閣府に経済安全保障推進室が設置された。最先端の部品・素材、資源、機微技術・情報等が「銃弾」に勝る時代に突入して久しいが、日本もようやく、その戦線を生き抜くための独自の司令塔を得たことになる。

経済安全保障は、日米は言うに及ばず、QUAD、G7の共同宣言等においても重要な政策課題として取り上げられ、今や国際政治、国際経済を理解する上で欠くべからざる重要な概念となった。

私がその必要性を強く認識し、その領域での我が国の立ち後れに強い危機感を抱いたのは、ほかでもない、急速に拡大する中国の覇権主義、それを支える先端技術・情報に対する飽くなき欲求、更にその欲求を充足するために駆使される手段を選ばぬインテリジェンス活動を目の当たりにしてきたからだ。

話は兵庫県警本部長から警察庁外事情報部長に着任した2010年4月に遡る。その頃外事警察は、というより我が国は、正に、中国による「サイレント・インベージョン」(Silent invasion)に直面していたと言っていい。

外事情報部長は、「外事課」(防諜や大量破壊兵器の不拡散を掌る)と「国際テロリズム対策課」の二課からなる外事情報部を統括する審議官級(警視監)のポストだが、組織管理以上に重要な業務が2つある。1つは、外事と国際テロ対策に関し、47都道府県の外事警察が昼夜を分かたず取り組む取締りと情報収集・分析の司令塔役であり、もう1つは、同盟国・同志国の治安・情報機関との情報交換・協議である。

外国の治安・情報機関との接触は、時間と場所を問わない。部長室の壁面を覆う特大の世界地図と卓上の大型地球儀は、もとよりインテリアとしてのみ置かれているものではない。

2010年前後、我が国を含む西側インテリジェンス・コミュニティは、中国の電気通信企業「華為(ファーウェイ)技術」による情報漏洩・窃取疑惑への懸念を強めていた。中でも、華為が情報の転送機能を持たせた半導体等を納品し、完成した情報機器から通信内容が秘密裏に中国側に送信される――という「バックドア」の存在が、米国を中心に、安全保障上の脅威として認識されつつあった。

中国の発展がもたらす危機

私も早速、我が国に対する華為の浸透状況を調査することとなるのだが、中国に深く浸透された我が国の政界、産業界の現状が次第に浮き彫りになるにつれ、慄然とさせられることになる。

華為の企業活動は、端的に言えば、覇権主義を追求する中国という国家と一体となり、技術的手段を通じてその情報収集活動を支援し、当該活動を通じて、技術と産業において優位に立つ西側世界に挑戦し、現状変更を企図するものと言えた。「名は体を表す」というが、華為という社名、「華(中国)の為に」からも、そのことは容易に推認出来る。一方、当時、我が国では政府も産業界も、「中国の発展」が日本にもたらす経済的利益と便益に目を奪われ、危機の本質を理解せず、その侵入を易々と許していた。

当時の私は、「孤立」と「焦り」に似た思いに囚われていた。

華為――「華為技術有限公司」――は、広東省深圳(しんせん)に本社を置く電気通信企業だ。中国での創業から4年後の2002年には東京事務所を開設している。さらに、2005年に日本法人「華為技術日本」を設立して、日本に本格進出を開始した。

その経営戦略は、創業者の任正非が同社第1回理事会で述べた以下の発言に凝縮されている。

「(華為は)中国の外交路線をもって国際マーケティング戦略を計画しており、これは極めて自然な選択である」

政府や公権力の規制、介入から自立して成長することを旨とする我が国や西側世界の企業観とは全く異なるものである。あたかも華為は国家であるかのごとき経営思想。「異形の大国」、中国でしか生まれ得ない企業と言っていいかもしれない。中国国家開発銀行から約100億ドルの与信枠を得ていたことも大いにうなずけることだ。

創業者は研究機関の出身

東京に事務所を構えて、わずか9年後の2011年には、中国企業として初めて、日本経済団体連合会(経団連)に加入した。それにはこんなエピソードがある。

華為が最初に経団連に加入を打診したのは、2008年のことだ。これに対し、経団連側は、事実上、受け入れを拒否している。しかし、2年後に前回とは異なる窓口、すなわち国際協力本部に対し、執拗に受け入れを迫り、半ば強引に企業資料を提出する。強引であれ、経団連が資料を受け取ったことは、金融機関からの信用取り付けには大きなメリットとなった。華為は、かえす刀で金融機関審査と大手証券、メガバンクの推薦を得たとして、最終的に会長承諾を経て、加入に至る。

日本の金融機関にとっても、華為の市場価値や潜在性は大きな魅力だった。例えば、2008年の国際特許出願件数を見ると、華為は、2位のパナソニック(1729件)、3位のオランダ・フィリップス(1551件)を押さえて1737件と、世界の技術競争でもトップを走る位置にいた。

日本の実業界が刮目したのは、経営拡大のスピードの速さだった。2010年度の売上高は前年比24.2%増の1852億元、純利益238億元。売り上げ規模は、当時世界第1位のエリクソン(スウェーデン)に肉薄していた。2010年といえば、中国が名目国内総生産(GDP)で日本を抜いて世界2位となった年に他ならない。内閣府は、2011年の推計で、中国が2025年には米国を抜いて世界最大の経済大国になるとの見通しを示していた。日本の金融機関や証券がそこに商機を見いださない理由はなく、日本の産業界、財界は、「中国」という巨大な渦に引き込まれていった。

華為の事業拡大は、「国家としての中国」に支えられていた。経営幹部の来歴がそれを如実に物語る。創業者・任正非は、人民解放軍の研究機関(総参謀部第三部研究機関)出身と言われ、取締役会長の孫亜芳は、情報機関である国家安全部の通信事業部門出身と伝えられていた。

華為は、世界中の情報と技術、カネとヒトをバキューム・クリーナー(真空掃除機)のように吸引し、巨大化する中国の正に「化身」だった。

中国の最重要戦略は、徹底した「軍民融合」である。これは、最先端の民間技術を積極的に軍事に転用するための国家戦略であり、2010年から現在に至るも万古不易の方針である。その本質は、技術力の向上においても、製品化においても、軍事と民生の境界を敢えて存在させないことにある。

元来、共産主義中国では、国有企業は勿論のこと、企業が政府や軍、そして共産党の影響下に置かれることが多く、民間で開発された技術を軍が利用しやすい環境にある。かかる状況下で、外国企業やその研究機関を誘致し、合弁企業化して技術移転を図る。「軍民融合」が高度に進展した中国では、たとえ民間同士の技術協力を装ったとしても、当該技術の軍事転用は雑作もないことなのである。

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創業者の任正非

シカゴで拘束された女スパイ

このように、中国では、外国企業による技術協力や買収を通じた強制的技術移転は半ば常識となっているが、技術移転に消極的な外国企業に対しては、真打ちの情報機関が登場してコア・テクノロジーを産業スパイ等の不正な手段で頂戴することになる。最近では、海外留学からの帰国組による技術導入も盛んだが、かかる事態も、当時から容易に予測可能なことであった。

外事警察の視線は、華為の世界規模での活動に移っていた。公開資料を精査するだけでも、華為の不審な動向は明らかだった。

【諸外国における華為の違法活動】

《2007年6月23日/シカゴ空港税関/中国人女性ジン・ハンジュアン/モトローラ社から窃取したとみられる極秘文書100枚を発見。家宅捜索で自宅から中国軍向け電子機器ソフトに関する文書、現金30000ドル等を発見/身柄拘束/同人はモトローラ勤務時代、秘密裏に華為のための商品開発にも従事していた産業スパイとされる》

《2009年/米国家安全保障局(National Security Agency:NSA)/中国情報機関と華為が共同開発したシステムに米国通信ネットワークを傍受するための不正プログラムが仕込まれた可能性を把握/NSAは、米通信最大手AT&Tに対し、購入決定済みだった次世代電話システムに使用する機器について、華為との取引中止を勧告/AT&Tは華為との契約を中止、スウェーデンのエリクソンからの購入に変更》

《2010年4月28日/インド政府/インドで導入していた電話交換機等の通信設備機器に盗聴機能が備わったチップが組み込まれ、遠隔操作で機密を取り扱うネットワークへの侵入が可能となっていると判断/華為製品を市場から排除/華為は輸入禁止決定後、幹部をインドに派遣し、インド高官にロビー活動を展開、巻き返しを図ったと言われる》

《2011年1月17日/ネパール国境に近いインド・ウッタル・プラデシュ州警察/華為の中国人社員3人(男2、女1)を不法入国で拘束/3人はネパール側で電波通信塔を設置していたほか、カメラでインド軍の施設を撮影》

《英情報部/華為が、世界最大規模の通信事業体BTグローバルサービス通信システムネットワーク社(旧British Telecom社)との共同事業において、英国の電気、食糧、水道等の基幹産業を麻痺させる装置を設計していたと指摘》

日本の産業界が「抜け穴」に

我が国における華為の浸透は、技術情報の窃取にとどまらず、中央そして地方の政財界を蝕み始めていた。

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