蓋棺録2

蓋棺録<他界した偉大な人々>

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。

★石橋政嗣

使用_蓋棺録01(石橋政嗣_トリミング済み

 元日本社会党委員長の石橋政嗣(いしばしまさし)は、同党の「現実路線」を推進して苦闘した。

 1980(昭和55)年刊行の『非武装中立論』は反響が大きかった。他国から攻撃された場合について、「私は誤解を恐れず、思い切って『降伏した方がよい場合だってあるのではないか』ということにしています」と述べた部分には賛否が渦を巻いた。

 24(大正13)年、台湾の台北に生まれる。父親は総督府の官吏で、台北高等商業学校(現・台湾大学)に入学。しかし、戦況の悪化により繰り上げ卒業となり、石橋は熊本陸軍予備士官学校に入ったが、見習士官となったとき敗戦を迎えた。

 46年、佐世保の進駐軍の下で働くようになり、全駐留軍労働組合を結成して佐世保支部の書記長に就任する。50年には県議選出馬のため社会党に入党し、30歳のとき衆議院選挙で当選して最年少の国会議員となった。

 党内では防衛問題を担当し、56年、船田中防衛庁長官の「攻撃するのは違憲ではないが、攻撃兵器は持てない」との発言を追及する。60年安保の際は岸信介首相を激しく批判し、社会党の「安保5人男」の1人と目された。

 66年に「石橋構想」を発表し、どの勢力とも友好的関係を続けるという「非同盟中立外交」を唱えて党内で「右派」と批判される。「私は左派でも右派でもないし、中国派やソ連派でもない。日本派なのです」。この構想が非武装中立論の基礎となった。

 70年、成田知巳が社会党委員長となったとき書記長に推され、以降、7年間にわたり「成田・石橋体制」を維持して党勢の回復に努める。77年に飛鳥田一雄が委員長に就いたとき、副委員長になるが、人事を巡って対立し辞任している。

 83年、飛鳥田が参議院選で敗北して辞任すると石橋が委員長に就任。中曽根康弘首相に防衛問題で積極的に論争を挑むなど、「ニュー社会党」を演出しようと試みる。

 さらに86年、西欧型の社会民主主義をめざす「新宣言」の採択にこぎつけ、「社会党はイデオロギーのくびきから解放されました」。しかし、同年の衆議院選挙は86議席に激減して辞任。旧社会主義国が次々と崩壊する90(平成2)年に引退している。

 その後、雑誌などに登場したが、政界からは距離をおいた。自宅近くで買い物袋を提げて歩く石橋が目撃されている。好きな言葉は「唯一心(ただいっしん)」だった。(2019年12月9日没、老衰、95歳)。

★梅宮辰夫

使用_蓋棺録02(梅宮辰夫)_トリミング済み

 俳優の梅宮辰夫(うめみやたつお)(本名・辰雄)は、ヤクザ映画や任侠映画で活躍し、東映の黄金時代を支えた。

 2018(平成30)年1月、「『不良番長』同窓会」が開かれる。同シリーズが始まって50周年に当たり、梅宮を囲む和やかな会だったが、出席者には杖をつく者も目立った。梅宮が「僕は80歳になっても番長です」と挨拶すると一斉に拍手が起った。

 1938(昭和13)年、旧満州のハルピンで生まれる。父は満鉄病院の医師。敗戦で日本に引き揚げ水戸で少年時代を送る。両親は医者になることを望んだが医学部入試に失敗。日本大学法学部時代に銀座でスカウトされ、東映ニューフェイスに合格した。

「もちろん両親は反対したが、1年だけ映画界をのぞいてみたいと説得した」

 59年、『少年探偵団 敵は原子潜航艇』で主役デビューする。鶴田浩二にかわいがられたが、「演技のことは聞いた覚えがない。教えてくれたのは夜の遊びのことばかりだった」。任侠物などに出演していたが、68年からの『不良番長』シリーズで主役を務める。

 不良グループ「カポネ団」を率いる神坂弘が、バイクに乗って暴れ回り、暴力団と抗争を続ける物語だが、72年まで16作が製作された。「僕の真髄は不良と女たらしを兼ね備えたこのシリーズ」と語ったことがある。

 この間、山城新伍や松方弘樹などと夜な夜な街に繰り出す。一度結婚するがすぐに離婚。その後も遊びっぷりが派手で「夜の帝王」と称されるが、72年に銀座で出会ったクラウディアと結婚し、娘アンナが生まれてからは女遊びをやめたといわれる。

 73年から『仁義なき戦い』シリーズが始まり、梅宮は若杉寛役で登場する。梅宮のヤクザぶりは堂に入っていて、若杉が抗争で死んでしまった後も、岩井信一という別の役で再登場する。「このとき眉を剃ったので、幼いアンナが泣き出して困りました」。

 娘のアンナには周囲が呆れるほどの愛情を注いだ。もともと料理好きで、『くいしん坊!万才』のリポーターを務め、『料理の鉄人』の挑戦者にもなるが、娘の弁当も毎日つくっていたといわれる。

 アンナは俳優・羽賀研二と長い付き合いの末に別れ、無職の男性と結婚して一女をもうけながら離婚するなど、男運に恵まれなかった。アンナが週刊誌に登場するたび、梅宮が苦しげにコメントするのが恒例となる。

 74年に初めて癌が発見されて以来、前立腺癌や尿管癌など計6回の手術を経験した。晩年は1日おきの人工透析に耐えながら暮した。(2019年12月12日没、慢性腎不全、81歳)

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