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夏野剛とは何者か KADOKAWA社長「差別発言」の真意とは?

「とにかく口が悪いって!?」

9月24日、東京・東銀座のドワンゴ本社の会議室。ポケットチーフを挿した紺色のジャケットに細身のジーンズというカジュアルな装いで夏野剛氏(56)は颯爽と現れた。席に着くなり、こちらに逆質問を投げかけてくる。

「僕のこと、取材してみてどうですか。悪の巣窟でしたか(笑)。一度も会ったことがない人が僕のことを取材したらどう見えるんだろうなあ。とにかく口が悪いって!? どうしてそう言われるんですかね……」

8月23日、夏野氏は、政府の「規制改革推進会議」の議長に就任した。

規制改革推進会議は首相の諮問機関であり、これまでも政府の政策決定に重要な役割を果たしてきた。

コロナ対策を最優先課題とした菅内閣では、とりわけデジタル化の規制改革を提言。病床不足で自宅療養者が増えるなか、規制改革推進会議の提言を受けて、政府は初診からのオンライン診療の恒久化に向けた制度設計を推進した。

2019年から夏野氏は規制改革推進会議の委員に就いており、今年9月に発足したデジタル庁の有識者会議「デジタル社会構想会議」のメンバーにもなった。まさに政府の「デジタル改革の顔」というべき存在なのである。

それだけではない。慶應義塾大学の特別招聘教授である夏野氏は、トランスコスモス、グリー、USEN-NEXT HOLDINGS、日本オラクルと、4つのIT系企業の社外取締役を兼任。この6月には出版社大手のKADOKAWAの代表取締役社長に就任した「言論人」でもあるのだ。

夏野剛

夏野氏

「クソなピアノ発表会」

そんな夏野氏の発言が物議を醸したのは、規制改革推進会議の議長に就任する1カ月前のことだった。

東京五輪の競技が始まった7月21日、インターネットテレビ局「ABEMA」の報道番組「ABEMA Prime」。五輪の無観客開催についての議論で、あるコメンテーターが「子供の運動会や発表会が無観客で行われる一方で五輪に観客を入れるのは特別扱いではないか」と言うと、夏野氏はこう噛みついてみせた。

「公平感……。そんなクソなね、ピアノの発表会なんか、どうでもいいでしょう、五輪に比べれば。それを一緒にするアホな国民感情に、やっぱり今年選挙があるから(政治家は)乗らざるを得ないんですよ」

この「クソなピアノ発表会」発言はネットで大炎上する。だが、夏野氏の問題発言はいまに始まったことではない。彼のツイートは、長年にわたって「差別発言」ではないかと問題視されてきた。

「そもそも生産性が低い人が在宅(勤務)だとさらに生産性が低いと感じるのだからほとんど仕事してないのでしょう。解雇規制を緩和すればこういう人から解雇できるから生産性は上がるよなあ」(2020年7月19日)

なかでも2010年代前半の発言は貧困者への物言いが辛辣だ。

「あと、言いにくいが、税金払ってない人の2倍の投票権を税金払っている人に与えていいと思う。どちらにしろ東京の人の票の重さは鳥取の半分以下だし。最高裁も2倍までいいと言ってたらしいしね」(2012年6月22日)

「税金をほとんど払っていないのに公共事業や行政サービスを要求する人たちをフリーライダーという。フリーライダーが増えれば増えるほど国が成り立たなくなる。竹中(平蔵)さんにもう10年大臣やって欲しかったな」(2014年9月30日)

このように社会的弱者に高圧的な物言いをする一方で、政府に対しては擁護発言が目立つ。安倍政権における加計学園疑惑について「朝日新聞のフェイクです」と断じ、政権擁護とも受け取れる発言もある。

「(入院中の安倍)首相が仕事をしているかどうかを“一般ピープル”の目線で見るのは大間違いだ。そういう批判をしているヤツはいい加減にしろ、選挙権を一度返上しろ、と言いたい」(2020年8月23日 現在は投稿削除)

夏野氏の発言を「歯に衣着せぬ物言い」と好意的に受け止め、評価する声もある。評論家の田原総一朗氏もその一人だ。

「理想論を語ることなく前向きに日本経済を考えるリアリストですよ。日本は空気を読まなければやっていけないというのがある。それに、今のご時世、日本は自粛自粛と言って、批判されるのが嫌だから無難に行こうとする。そういう時代に、炎上してもこれはやるべきだと言える数少ない人物です」

夏野ツイッター

ツイッターで謝罪

「いつか必ず潰す」

夏野氏を時代の寵児たらしめたのは、1999年2月にスタートしたNTTドコモ「iモード」の成功だった。

iモードは、メールのやりとりや音楽をダウンロードすることができる世界初の携帯電話向けインターネットサービスだった。このiモードをビッグビジネスに展開したのが他ならぬ夏野氏なのである。

世界を驚かせたiモード

世界を驚かせたiモード

iモードの開発プロジェクトを進めるにあたり、1997年9月、32歳の夏野氏は、ドコモの契約社員として中途採用された。

与えられたミッションはコンテンツの提供社集めだった。夏野氏は住友銀行との契約を皮切りに次々と取引先を開拓していく。1年半後のサービス開始時点で、65社・67コンテンツが出そろった。その働きぶりは猛烈サラリーマンそのもので、「忙しくて直す暇がない」と、折れた眼鏡のツルをテープで止めて、商談にあたっていたという。

大ヒットしたiモードは最盛期の契約件数が5000万件にのぼり、夏野氏が手掛けたサービスは次々とヒットした。代表作の「おサイフケータイ」はスマートフォンの電子決済の先駆けとなった。キャバクラで勤務する女性などのメール事情を聴き取ってできた「デコメ」(デコレーションメール)、長女のために作った「キッズケータイ」……。

ドコモ一強を築いた夏野氏が同社にもたらした利益は、「1兆円はくだらない」(ドコモOB)と言われる。

2005年には40歳という異例の若さで執行役員に就任。だが、この時期から少しずつ社内の潮目が変わる。前年には夏野氏に理解のあった副社長の社長昇格人事がひっくり返り、夏野氏を支えた常務もドコモ本社から去り、後ろ盾を失った。

さらに夏野氏の増長ぶりも反感を買った。部署全体の5分の1を夏野氏が直轄する「一強」の社内で、思ったことをはっきりと口に出しては軋轢を生んだ。

そうした姿勢は社外でも変わらなかった。象徴的なシーンがある。

05年11月末、六本木の化粧品会社のサロン。政財界の若手が集う勉強会に参加していた夏野氏は、グラスを片手にこう吐き捨てた。

「A社やB社は詐欺師だ。iモードを作った僕が言うんだから間違いない。いつか必ず潰す」

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