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小説「観月 KANGETSU」#75 麻生幾

第75話
スナップ写真(2)

★前回の話はこちら
※本連載は第75 話です。最初から読む方はこちら。

 萩原は胸ポケットから紙の束を取り出した。

「だからこれを徹底的にあたるんだ」

「真田和彦と恭子の知人と友人には、捜査本部ではすでに一通りはあたっていますが、それをさらに範囲を広げてということですね」

 砂川のその言葉に頷いた萩原が険しい表情を作った。

「徹底的に交友関係を洗い出す。どこかで熊坂洋平との繋がりがあるはずだ」

「それにしても、途方もない数ですね」

 萩原が振り返って言った。

「たった二人でな」

東京都江戸川区平井

 JR総武本線平井(ひらい)駅に降り立った萩原と砂川は、歩いて20分ほど行ったところにある、立て込んだ住宅街の中にある一軒の平屋造りの民家を訪れた。

 インターフォンで身分を名乗った萩原たちの前に、そっと開けたドアから顔だけ出したのは、白髪の老女だった。

 萩原はあらためて警察手帳を掲げた上で尋ねた。

「あなたは、幸子(さちこ)さんですね? 真田和彦さんと大学時代のご友人の?」

 だが老女はそのことに直接答えず、

「ああ……真田さん、お亡くなりになったんですよね」

 と聴き取り難い小さな声で言った。

「ええ。残念ながら。ですので、その捜査のためにいろいろなご友人の方からお話を伺っていまして」

 半分だけ開けられた玄関ドアの向こうに萩原は片足を突っ込んだ。

「私はあまりよくは……」

 老女が逡巡した。

「真田さんご夫妻と何人かで写真を撮られたことはありませんか?」

「いえ、もう、20年近く、互いに連絡をとっておりませんでして……」

「熊坂洋平さんという方の名前をお聞きになったことは?」

 老女は力なく頭を振った。

 老女に礼を言って萩原とともに民家を離れた砂川は、持っていた一覧表の一番上の氏名の上に横線を走らせた。

「まず1人目、最近の付き合いはナシと──」

 砂川はそう言って大きく息を吐き出した。

「次、2人目は──」

 萩原が訊いた。

「この先の、江戸川(えどがわ)を渡った、千葉県市川市(いちかわし)です」

 砂川が遠くを見据えて言った。

東京都世田谷区

「ここで何人目だ?」

 萩原が煉瓦壁の高層マンションを見上げた。

「42人目、真田和彦の母方の従弟、橋本雅彦(はしもとまさひこ)、67歳です」

 砂川が一覧表に目を落としたまま答えた。

「じゃあ行こう」

 1階のオートロックのエントランスで身分を明らかにした萩原たちは、間もなくして3階の橋本宅の前に立った。

「この度は、和彦のことでいろいろご面倒をおかけしております」

 出て来た橋本は真っ先に謝った。

「真田和彦さんは、大分県の警察にお勤めでしたが、どんなお仕事をされていたか聞いてらっしゃいませんか?」

「昔、大分で警察官をしていらっしゃったことは知っていましたが、それ以上のことは何も……。あのー、あなた方、警察の方でしたら調べればすぐわかるんじゃないんですか?」

 橋本は萩原たちの顔を交互に見た。

「ちょっと、大分県とここは離れているんでこっちも詳しくはわかりませんでした。いや問い合わせはしているんですが──」

 適当に誤魔化したのは砂川だった。

 さらに幾つかのことを質問した後、萩原は写真のことを聞いた。

「写真? ああ、なんかありましたね」

 橋本はしばらくの間、家の奥に入ったまま出てこなくなった。

 玄関先で待たされた砂川が堪えきれずに呼びかけようとしたが萩原がそれを身振りで制した。

 橋本が再び姿を見せたのはそれから5分ほど経った頃だった。

「これなんですがね」

 橋本はビニール袋から1枚のスナップ写真を取り出して、萩原たちの目の前に置いた。

(続く)
★第76回を読む。

■麻生幾(あそう・いく) 大阪府生れ。作家。1996年、政府の危機管理の欠陥を衝いたノンフィクション『情報、官邸に達せず』を刊行。日本の危機管理をめぐる“真実”を小説で描いている。オウム事件など内外の事件を取材したノンフィクション作品も。主な小説に、『宣戦布告』『ZERO』『ケース・オフィサー』『外事警察』『奪還』など。「宣戦布告」「外事警察」などが、映画化、ドラマ化され反響を呼んだ。ノンフィクション作品に、『極秘捜査-警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」-』『前へ!-東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』などがある。※この連載は、毎週日曜と不定期平日に配信します。
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