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【最終回】逆転勝ちの可能性を信じて、努力を続けよう/野口悠紀雄

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※本連載は第48回です。最初から読む方はこちら。

「リープフロッグ=逆転勝ち」は、国のレベルだけでなく、個人や企業の段階でも起きます。アリババ創業者ジャック・マーの逆転勝ちは、その典型的な例です。

 国がリープフロッグするには、個人や企業レベルでの逆転勝ちが不可欠な条件です。日本はそうしたことが可能な社会であり、実際、高度成長期には、逆転勝ちが頻発しました。

 偶然の条件に期待するのでなく、逆転のために努力して実力を蓄えることが必要です。新型コロナによって生じている社会の変化を、このためのきっかけになし得るでしょう。

個人レベルの「逆転勝ち」もある

 リープフロッグは、遅れていたものが先にいくものを抜くことです。したがって、「逆転勝ち」と表現することもできます。

 本連載では国のレベルでの逆転現象を考えてきたのですが、個人や企業のレベルにおける逆転勝ちも多々あります。

 個人や企業が逆転勝ちできるような社会でなければ、国全体が他の国をリープフロッグすることはできません。

 逆に、そうしたことが頻繁に行われるような社会であれば、その動きが社会全体を動かしていきます。そして、政府の補助や指導なしに、国がリープフロッグするでしょう。

 これまで見てきた歴史上のリープフロッグ現象も、細かく見れば、必ず個人や企業のリープフロッグを伴っていたはずです。

 したがって、企業や個人がリープフロッグできる社会を作り上げることは、大変重要です。

アリババ創業者マーの逆転勝ち

 個人レベルの逆転勝ちのもっとも印象的な例は、アリババを創業した馬雲(ジャック・マー)の成功物語です。

 マーは1964年生まれ。学生時代には劣等生で、大学受験に2度失敗しました。そして、三輪自動車の運転手をやっていたそうです。その後、故郷の杭州で英語の教師をやっていました。

 1994年に、通訳としてアメリカを訪れる機会がありました。

 これが彼の人生の転機になったのです。

 マーは、このときに、アメリカでインターネットが使われているのを見ました。そして、それが巨大な可能性を持っていることを感じ取ったのです。

 中国では、この当時インターネットはほとんど使われていませんでした。帰国したマーは、1999年数人の仲間とともにアパートの一室で小さなインターネットサイトを立ち上げます。

 そして、何度かの試行錯誤の末に、「阿里巴巴」(アリババ)というeコマースサイトを設立しました。これは、企業と企業の間の電子取引で、中国の中小企業が世界に輸出するのを容易にするのが目的です。

 それは、中国の中小企業の要求を見事につかみ、爆発的な成長を遂げました。アリババやそこから生まれた「アント」などが世界を大きく変えていることは、これまで見てきたとおりです。

 中国ではアリババ以外にも多くの新しい企業が生まれ、成長しました。ただし、その経営者の多くは、何らかの意味でエリート階級に属する人々です。軍の幹部であったり、国営企業の幹部だった人たちです。この人たちは、創業したときに、ある程度の事業基盤を持っていました。

 しかし、マーはエリートではありません。

 マーは、2018年4月に早稲田大学で講演した時、「僕のように勉強ができないクズは、どの会社にも入れない。だから自分で起業するしかなかった」と語っています。

 エリート階級の出身ではなくても、意欲を持ち積極的に行動すればチャンスを掴むことができ、エリートたちをリープフロッグできる社会が、中国でも形成されてきたのです。それは、インターネットという新しい手段によって可能になったことです。

 企業家精神に満ちた事業家が、積極的にリスクを取って事業を拡大できるという意味で、17世紀にヨーロッパに株式会社が現れてリスクをとったのと同じ状況です。

 いまの中国には、世界で最も積極的な企業家が現われていると言っても過言ではありません。これは、原始的な資本主義経済に近い世界です。それが、共産党独裁政権の下で誕生したのは、きわめて興味深い現象です。

逆転勝ちは、どのように起きるのか?

 多くの人の人生が、生まれついたときの条件で決まることは避けられません。

 親が豊かであれば、良い教育を受けられ、良い交流関係に恵まれるでしょう。そうした人たちが社会で高い地位を得るのは、ごく当然のことです。

 それに対して、貧しい家庭に生まれた者は、こうした機会に恵まれません。

 しかし、親から受け継いたものだけで人生の全てが決まってしまうのでは、決してありません。

 逆転勝ちがいくらでも可能なのです。そして、生まれたときの条件を克服することができます。

 こうしたことができるのは、人間だけです。昆虫にはできません。働き蟻は、一生働き蟻です。

 人間とは逆転勝ちができる存在であると言ってもよいでしょう。

 では、なぜ逆転勝ちが生じるのでしょうか?

 逆転は偶然の原因によって生じることが多いように思われます。しかし、後になってよくよく調べてみると、必然的な理由があった場合が多いのです。

 マーの場合もそうです。アメリカのインターネット事情を見た中国人は、彼以外にも大勢いたことでしょう。しかし、多くの人はそれに感心しただけで、それを自分自身の逆転勝ちに利用しようとは考えませんでした。

 偶然が大きなファクターである場合が多いといっても、偶然を捕まえることができるか、あるいはそれを取り逃してしまうかが、大きな差を作るのです。偶然を捕まえられた人は、それを捕まえようと準備し、身構えていたのです。

 そして、偶然のチャンスだけに期待するのではなく、努力を続け、逆転できるような実力を蓄えることが重要です。

 あるいは、欠点をバネにして逆転勝ちすることもあるでしょう。

 誰にでも欠点があります。

 欠点があることを恨んだり、他人に助けを求めるだけの人もいます。しかし、これでは、逆転勝ちはできません。

 欠点を克服しようと努力すれば、それは何よりも強い逆転勝ちの手段になるはずです。

個人の逆転勝ちが難しい社会もある

 国の場合、社会構造が固定してしまうと、他の国に逆転されます。第2次産業革命初期のイギリスがその例です。

 個人や企業の場合にも、社会制度が固定的であると、いくら個人が努力をしても逆転できないことがあります。

 例えば、貧しい家庭の子弟が教育を受けられない社会では、教育を受けられないために仕事を得られず、社会的な地位を高めることができません。社会的位置を覆すことができないのです。

 アフリカの最貧国やバングラデシュのような国では、貧しい家に生まれた子供たちは初等教育すら受ける機会がなく、従って逆転の可能性もありません。これは悲劇です。

 それほど極端でなくとも、高等教育を受けるのに親の所得が影響することは避けられません。

 また、少数の既得権者が自分たちの利益を守るための制度を作ってしまいます。職業の世襲制を拡大し、富を独占するようなことが起きます。その外に置かれた人々は、制度によって搾取されてしまうのです。

 こうした社会では、個人レベルの「逆転勝ち」はきわめて難しく、貧困の悪循環が生じます。

 経済発展論における理論の一つである「周辺論」は、国のレベルでそうしたことが起きると主張しているのですが、貧困の悪循環は、個人のレベルについてもしばしば指摘されることです。

高度成長期の日本では逆転勝ちが頻発した

 しかし、日本社会は、基本的な構造においては逆転が可能なものです。初等教育はすべての国民に与えられていますし、職業の世襲制もそれほど一般的ではありません。

 実際、高度成長期の日本では、個人や企業の逆転現象が頻繁に起こりました。このため、社会が活気に満ちていました。

 日本の高度成長は、国全体としてみれば先進国へのキャッチアップ過程であったのですが、社会の中では、リープフロッグ現象が頻繁に見られたのです。

 ところが、そうした活力が、いまの日本では失われていると感じます。 

 では、日本では、高度成長期に比べて社会の制約が増したのでしょうか?

 そうではなく、人々が獲得した豊かさに満足してしまって、逆転をしようとする意欲を喪失してしまったのではないでしょうか?

 つまり、可能性がなくなったのではなく、小市民的な生活に安住してしまっている人が増えたことが問題なのではないでしょうか?

 ですから、考え方を変えれば、今の日本でもかつての日本のように、逆転勝ちをすることが充分可能なはずです。

逆転が可能であると信じ、逆転しようと努力すること

 逆転勝ちは、社会の基本的条件が大きく変わる時に起こりやすいものです。

 新型コロナウイルスは、捉えようによっては、新しいチャンスの到来と考えることができます。これまで注目されていなかったものが注目され、新しい活動が可能になっているのです。

 とくに、テレビ会議などのリモート技術の活用は、様々な可能性を開きつつあります。例えば、日本にいながらアメリカの企業で働くということも可能になっています。

 一人一人が逆転の可能性を決してあきらめないこと。どんな場合でも逆転の可能性を信じること。偶然のチャンスに期待するのではなく、実力を蓄えることで逆転すること。それに向かって努力すること。勉強して、新しい技能を身につけること。常に自分の能力を高めようと努力すること。

 こうしたことがなされるなら、日本は、 世界最先端国のグループに復帰することができるでしょう。

※本連載をもとにした新書が、12月20日に発売予定です。

(連載第48回・完)

■野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、 スタンフォード大学客員教授などを経て、 2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。 2011年4月より 早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問。一橋大学名誉教授。2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。著書多数。


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