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池上彰さんの「今月の必読書」…『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ 人類とウイルスの第一次世界戦争』

過去の歴史を発掘することが予言となった書

過去の歴史を発掘することが予言の書となり、現代への警告となる。そんな稀有な本が、これです。新型コロナウイルスの感染拡大で、にわかに注目されました。私は発売当初の2006年に読んでいたのですが、今回再び購入してしまいました。

著者の速水融氏は経済史と歴史人口学専攻の学者です。去年亡くなったのですが、いま存命なら、「だから言っただろう」と言われるのではないでしょうか。

いまから100年前の1918年。世界を「スペイン風邪」が襲いました。当時は風邪とインフルエンザの区別がつかず「風邪」と呼ばれましたが、インフルエンザでした。

新型だったので免疫を持った人がいなかったため、次々に倒れ、亡くなっていきました。世界で少なくとも4000万人以上が死亡しました。日本国内でも人口が5600万人だったのに45万人が亡くなったのです。

当時の内務省衛生局(現在の厚労省)は死亡者を38万人と記録していますが、速水氏は記録の欠落を補うことで45万人という数字をはじき出しました。

当時は第1次世界大戦の最中。米英仏軍も独軍も自軍兵士がバタバタ倒れていることは軍事機密です。ところがスペインは中立国だったので報道管制はなく、「スペインで風邪が流行している」と報道されたことから、「スペイン風邪」という、スペインにとっては迷惑な名称が定着しました。

第1次世界大戦で亡くなった人は兵士と民間人合わせて約1000万人でしたが、このインフルエンザの死者は4000万人以上です。感染拡大は第1世界大戦の終結を早めたとも言われています。

スペイン・インフルエンザのウイルスがどこで生まれたのか諸説ありますが、最初に感染が確認されたのは1918年3月、アメリカ・カンザス州の兵舎でした。欧州戦線に送り出される若者たちが全米から集められ、集団生活をしていたために感染が拡大しました。

その1か月後には日本統治下の台湾で巡業中の力士たちが発病し、「角力風邪」と呼ばれました。今回の新型コロナウイルスでも若い力士が亡くなっています。

速水氏は、当時の日本国内各地の新聞を丁寧に集め、各地で酸鼻を極めた様子を紹介。私たちに、次のようなメッセージを残しています。

〈結論的にいえば、日本はスペイン・インフルエンザの災禍からほとんど何も学ばず、あたら45万人の生命を無駄にした。(中略)まずスペイン・インフルエンザから何も学んでこなかったこと自体を教訓とし、過去の被害の実際を知り、人々がその時の「新型インフルエンザ・ウイルス」にどう対したかを知ることから始めなければならない〉

(2020年7月号掲載)


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