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伯父・晋三の遺志を継ぐ 岸信千世

文藝春秋digital
政界に足を踏み入れた私に晋三さんは覚悟を問うた。/文・岸信千世(防衛大臣秘書官)

岸信千代

岸氏

「晋三さんに生きていてほしい」

安倍晋三元首相の死去にともない、安倍家、岸家三代にわたる政治家一族を誰が引き継ぐのか。昭恵夫人は補欠選挙に立候補しない考えを早々に表明。そんな中、注目を集めるのが岸信千世氏(31)だ。安倍元首相の甥にあたり、父・岸信夫防衛大臣の秘書官として政界の道を進み始めている。今回、信千世氏が初めて取材に応じ、銃撃事件、伯父・晋三氏との思い出、さらには“後継者”としての考えを明かした。

「晋三さんが撃たれた」――7月8日、最初の一報はテレビのニュース速報で知りました。その瞬間、頭の中が真っ白になり、言葉を失いました。あまりにも突然のことで何がなんだか分からなかった。

この日も、父・岸防衛大臣の秘書官として、いつものように防衛省に出勤し、大臣室の隣の部屋で業務をこなしていたんです。

一報を聞いて、真っ先に大臣室に駆け込みました。大臣は普段から物静かで感情を露わにするタイプではありません。ですが、実の兄が撃たれた、あまりに異常な事態をどう捉えるべきか、少なからず動揺しているようでした。「胸を撃たれて心肺停止」「犯人は自作の銃を使っていた」など様々な情報が錯綜する中、とにかく状況を把握しなければいけない。必死でした。大臣とは「いつでも官邸に行けるように準備して、それから富ヶ谷の自宅にいるお祖母さま(安倍洋子氏)の様子を見に行こう」と話したのを覚えています。

そのうち山上徹也容疑者が元海上自衛隊員との報道も入ってきた。防衛省として在籍確認の必要があり、さらには16時から大臣の記者会見を開くことになり、対応に追われました。もちろん伯父の容態も気がかりでしたが、私も大臣も目の前の仕事にとにかく集中していたんです。

記者会見後、富ヶ谷の自宅に親族で集まりました。お祖母さま、晋三さんと父の兄である寛信さん、私の父と母、弟です。昭恵さんはすでに晋三さんが救急搬送された奈良県立医科大学附属病院に向かっていた。

正直、その場で何を話したか覚えていません。親族の誰もが言葉をろくに発しなかった。「晋三さんに生きていてほしい」。それが共通する思いでした。

しかし、17時過ぎ、「安倍元首相が亡くなった」との速報が流れます。みんなが呆然として、「何でこんなことに」「残念だ」と口々に呟き、沈鬱な空気が垂れ込めた。私は心の底では嘘だと思いました。

冷酷な現実を突き付けられたのは、翌日、伯父の遺体が富ヶ谷の自宅に運ばれた時です。覆いを取り、静かに眠っている晋三さんの顔を見ました。すごく、すごく穏やかだった。本当に……。「信千世!」と私の名前を呼ぶ伯父の笑顔が浮かびました。その死は耐え難く、家族がみな抑えていた感情を露わにし、私も涙を堪え切れませんでした。

森元総理が「晋ちゃん!」

それから弔問を受け、お通夜、葬式と続きましたが、昭恵さんが一生懸命に仕切られて、とても立派でいらっしゃった。晋三さんと昭恵さんは本当に仲が良く、特に晋三さんは昭恵さんのことが大好き。それは、傍で見ていてよく分かります。晋三さんの言動の端々に気遣いが滲み出ているんです。だから、気丈に振舞う昭恵さんの姿を見て、なおさら悲しくなりました。

弔問には日銀の黒田東彦総裁やトヨタ自動車の豊田章男社長、米国のエマニュエル駐日大使、イエレン米財務長官、貴乃花光司さん、横田早紀江さんなど、様々な職業、立場の方にお越しいただきました。

岸田文雄総理も参院選挙の多忙な最中にも関わらず、ご足労をおかけしました。大勢の弔問客のなかで、とりわけ印象に残っているのは、昔から晋三さんと付き合いのあった議員の方々です。小泉純一郎元総理や森喜朗元総理、それに亀井静香先生。皆さん、かつてはお祖父さま(安倍晋太郎)のもと「安倍派」に所属されており、伯父が晋太郎の秘書だった頃からのお付き合いです。

まさか、ご自身が伯父を見送るとは思ってもみなかったのでしょう。小泉元総理のあんなに寂しそうな表情は初めて拝見しました。森元総理も雨が降り足元が悪い中、杖を突いて弔問にいらっしゃった。安らかに眠っている伯父の顔に触れて「晋ちゃん、晋ちゃん!」と何度も呼び掛けられていた。その無念そうな表情は忘れられません。

葬儀後、最期のお別れで、伯父の棺を乗せた霊柩車がゆかりの地を巡っていきました。国会議事堂、自民党本部前、首相官邸前では岸田総理はじめ大勢の議員の方々が見送りに出てきてくださり、葬儀が行われた増上寺周辺にも沿道に溢れんばかりの方が集まっていた。時折聞こえる「安倍さーん」という悲しみの声。驚きました。伯父の政治家人生は賛否両論ありましたが、「本当に多くの人に応援されていたんだな」とありがたかった。唯一、伯父本人の目で確かめられないことが残念でしたが、残された親族の1人として、私はその光景を心に刻みました。

国葬は誇らしい

9月27日には日本武道館で国葬が執り行われることが決まりました。様々な批判があるのは承知しています。ただ、親族としては誇らしい。それが偽らざる本音です。国葬はある意味で外交の舞台になります。いわゆる「弔問外交」です。

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