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郷ひろみ プラチナの70代へGO!

“郷ひろみ”はジャニーさんが見つけてくれた天職です。/文・郷ひろみ(歌手)

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郷さん

今までずっと「郷ひろみ」

今年は僕の「50周年イヤー」と銘打っています。

1972年8月に、『男の子女の子』でレコードデビューしました。ただ、前年の71年にはフォーリーブスに盛り上げてもらい、ステージに立ったり、ファンクラブが設立されたりしていました。72年始めには大河ドラマで俳優デビューも果たしています。どこを指して僕のデビューと言うのかは、実は自分でも曖昧です。

これは僕の肩書が何か、という話にも通じます。アイドル、歌手、俳優、エンターテイナー……いろんな呼ばれ方をしてきましたが、極端に言えば何でも構わないというか、見る人が決めてくれたらいいと思っています。こう呼んでほしいとこちらから指定したことはありません。

僕としては、66歳の今までずっと「郷ひろみ」を続けているだけ、という感覚です。

郷ひろみを続けるとはどういうことかというと、たとえば僕にはオンとオフの区別がありません。もっと言えば、寝ている時以外はオンだと考えています。僕は人に見られている方が、気が楽なんです。人の目を意識して自分を律することができるから。逆に、たとえば自宅でパジャマのまま1日ダラダラするようなことは「表では華やかな格好をしているのに、裏ではこれか」と自分の生き様に嘘があるようで嫌ですし、しないですね。

芸能人のなかには、プライベートな時間のときにサインを求められると断る人もいると聞きます。でも「今は郷ひろみじゃなくて、本名の原武裕美の時間だからごめんなさい」とか言っている暇があったら書けるのかな、って思うし。何より、傍から見て、今は原武裕美かどうかなんてわからないだろうな、と思ってしまいます。

つまり僕の行動基準は、郷ひろみとしてやるべきかどうかの1点なんです。迷った時にはそうやって己に問いかければ、自ずと答えが出ます。もちろん判断を誤ることもありますが、傷つきながら経験に学べばいい。ポジティブ思考なので、反省はするけど後悔はしません。

よく外見を「若いですね」と言っていただきますが、そうかな? 昔は自分でも見た目を意識しがちでしたが、今はそこの若さを目指しているわけではないので。それでは中身がないと気づいて、30代頃からはむしろ、自分の空洞を埋める作業を積み重ねてきました。それが結果的に、若々しさと言ってもらえるのかなという気がしています。

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ショーでは体のキレや忍耐力を発揮する

30年続ける雑記帳

その一つが、体を鍛えるということ。ジムが今のようにはなかった30年以上前から、日々運動をしてきました。現在は週3回パーソナルトレーナーについてもらい、行っています。それ以外の日も必ず自分でトレーニングを行います。地道な運動は、我慢や忍耐といった心の鍛錬にもなると実感してきました。

身についた体のキレや忍耐力が発揮されるのが、ショーです。

何十年もショーをやっていれば、体調が思わしくない日もあります。でも、僕は「今日は調子が悪いかも」といったエクスキューズを一切口にしません。見る人にそうとわからない自分でいたいからです。せっかく楽しみに来てくれた人に言い訳して、ベストを尽くさなかったら、もう二度と来てもらえないかもしれないですよね。

もう一つ、30年近く続けている習慣があります。

僕は読書が大好きで、小説を中心に週1冊のペースで読みますが、表紙にMiscellaneous(雑多な) Notebookと自分で書いた雑記帳を傍らに置いています。そして、知らなかったことや、心に残った文言があれば書き留めておくのです。

いい言葉だなと思ったものはノートを見返しながら咀嚼して、自分の言葉に置き換えていくようにしています。そのまま呑み込んだらパクリになってしまいますから(笑)。そうやって書きためた雑記帳が、自宅に何十冊とあります。

至って普通の習慣だと思われるかもしれませんし、自分でもそう思います。でもこの年齢になると、普通のことを続けることで、いつしか「特別」と言われるようになるのだと実感します。何かを変えようと思ったら、小さな努力を1日1日積み重ねていくしかない。継続は僕の取り柄といえるかもしれません。

アッチッチー♪で攻める

芸能活動も半世紀を超えましたが、節目と呼ぶべきものは数え切れないほどあります。

歌で言えば、『お嫁サンバ』(1981年)との出会いは、いろんな意味で衝撃的でした。

最初はメロディだけで、聴いた瞬間いいなと気に入りました。

ところが歌詞が上がってきたら、「1・2・3バ 2・2・3バ お嫁 お嫁 お嫁サンバ」……意味がわからない(笑)。20代半ばだった僕は「これはないよ!」と思い、プロデューサーの酒井政利さんに「あの曲にこの詞は違うんじゃないでしょうか?」と抵抗したのです。

酒井さんから返ってきたのは、こんな言葉でした。

「これを歌えるのは郷さんしかいないんですよ。間違いなく、後世に残る歌になります」

そう言われてもまだ半信半疑でしたが、無理やり自分を納得させてレコーディングに臨み、世に出たのがあの歌でした。

お嫁サンバでの経験が後年生きたのが、『GOLDFINGERʼ99』(99年)です。原曲はリッキー・マーティンで、康珍化さんが日本語の詞を書いてくれました。

その詞に出てくるのが「A CHI CHI A CHI」です。40代前半になっていた僕は「このフレーズは絶対にいい!」と思いました。

お嫁サンバの経験がなければ「アッチッチーはないでしょ」と嫌がっていたかもしれません。でも、お嫁サンバが酒井さんの言ってくれたとおりになり、このフレーズをキャッチーだと思える感性が培われていたのでしょうね。

詞が上がってきた段階では英語が多めだったのですが、「アッチッチーで攻めましょう」と提案して、英語を間引いた分、このフレーズを増やしてもらいました。この歌は僕が出した105枚のシングルの中でも、屈指のヒットとなりました。

節目ということでは、これと前後しますが30代の頃、後にバラード3部作と呼ばれるようになる『僕がどんなに君を好きか、君は知らない』(93年)、『言えないよ』(94年)、『逢いたくてしかたない』(95年)と出会えたのも大きかったです。

当時は歌手として20年が経ち、これからどうしていこうかという時期でした。そんな時に提供されたのが『僕がどんなに……』ですが、時代としてはバラードではなくロック色が強かった。ネガティブに受け止めるなら「今はこの曲じゃないんじゃない?」という判断をしていたかもしれません。

でも僕はこう解釈したのです。オギャーと生まれた赤ん坊が成人するのと同じ時間をかけて、自分も歌手として成人した。大人のバラードが歌えるようになってきた今だから巡り合えたのだ、と。おかげで、この曲は時代の潮流とは違っていても皆さんに認めてもらえました。そして『言えないよ』『逢いたくてしかたない』と流れが続いたのです。

ただ、このバラード3部作が自分にとって非常に大きかったからこそ、その後しばらく「もうお嫁サンバはいいんじゃないか」と思ってしまった時期があったのも事実です。感性を培ってもらったという話と反するようですが……『2億4千万の瞳―エキゾチック・ジャパン―』(84年)もそうなのですが、大人の歌い手としての拒否感が心のどこかに生じていたんでしょうねぇ。

『お嫁サンバ』作詞・三浦徳子、作曲・小杉保夫
『GOLDFINGERʼ99』作詞・作曲 Desmond Child, Draco Rosa、日本語詞・康珍化

50代で断酒を決意

そういう迷いがパシッと吹っ切れたのは、50代になってからでした。やっぱり僕は歌謡曲のど真ん中にいるんだ、と腑に落ちたのです。画家が色使いや画風を変えていくように、いろんな歌を積み重ねてきて今の郷ひろみがある、と思えたら、どんな曲も抵抗なく歌えるようになりました。

50代も後半に差し掛かると、どんな60代にしようかと考え出しました。会社員なら定年退職を迎える頃だけど、僕にはそれがないし、逆にこれまでの蓄積から力を発揮できる可能性もある。だとしたら、その年代を人生で一番輝かせたい。

そんな決意を込めて、「黄金の60代」というフレーズを掲げました。僕の生き様を綴った雑誌連載をまとめた同名の書籍(『黄金の60代』幻冬舎)も、一昨年出しました。

その中で取り上げたことの一つに、断酒があります。

黄金の60代を迎えるためにどうしたらいいかと模索していた頃、「好きなことをやめてみるのも、新しいことを始めるのに匹敵するくらい価値があるかも」と思い立ちました。そしてその日から、一番好きなお酒を断ちました。

僕はそもそも「明日できることは明日やろう」というタイプではなく即実行型。人生最高の時期を迎えることを固く心に誓っていたので、躊躇はなかったですね。

何も健康を害したとか、ましてや粗相をしたとかいうことではないです。ディナーの時には必ずといっていいほど楽しくお酒を飲んでいましたし、特にワインにはこだわりがありますが、失敗らしい失敗はしたことがありません。酔うと歯磨きの回数が増えるくらいで(笑)。

3年くらいやってみるかと始めたことですが、気づけば今年4月で丸十年になります。周囲は「もういいんじゃない?」と言っていますし、僕も期限を決めているわけではありません。明日には飲んでいるかもしれない。何か大きな流れに身を任せるのもいいんじゃないかという気持ちで今日に至っています。

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