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東洋経済オンライン「新型コロナ特設サイト」33歳開発者が語る ネット時代の“データ・ジャーナリズム”

時代を切り拓く〝異能〟の人びとの物語「令和の開拓者たち」。今回の主人公はデータ・ジャーナリストの荻原和樹氏です。データ分析で真実を可視化する新たな調査報道のホープの素顔とは。/文・鳥集徹(ジャーナリスト)

<この記事のポイント>
▶︎日本社会に絶大な貢献をしている東洋経済オンラインのサイト「新型コロナウイルス 国内感染の状況」を作ったのは、33歳の編集部員だった
▶︎このサイトに広告はついていない。目先の利益ではなく信頼を得るという編集部の判断
▶︎データを見ることは多くの人にとって苦痛。そこで荻原は同サイトの随所に「見るのが楽しくなる工夫」を凝らしているという

「これをタダで利用できるなんて」

毎日報道される新型コロナウイルスの陽性者数に、一喜一憂する日々が続いている。

感染拡大を阻止するために再び厳しい自粛要請をするべきか、それとも新しい生活様式を維持しつつも、経済を回し続けるべきなのか。国論は二分している。

いずれの立場を取るにせよ、陽性者数、重症者数、死亡者数などの推移を見なければ、この感染症の実態を適切に評価することはできない。

そのプラットフォームとして、日本社会に多大な貢献をしているウェブサイトがある。経済ニュースをメーンに配信している東洋経済オンラインが運営する「新型コロナウイルス 国内感染の状況」だ。

黒系の背景に白抜きの文字、グリーン系やオレンジ系の色を使ったグラフ等で構成されているこのサイトを見たことのある人が多いのではないだろうか。実際、SNS等で多くの論客が、このサイトのデータに依拠し、議論を展開してきた。

東洋経済オンライン

重要データが一目瞭然

『日本の医療の不都合な真実 コロナ禍で見えた「世界最高レベルの医療」の裏側』(幻冬舎新書)の著者で、新型コロナに関する主張をツイッターやメルマガ等で発信し続けている森田洋之医師もその一人だ。

「東洋経済のサイトはパソコンのブラウザで開きっぱなしにして、毎日チェックしています。全国のPCR検査人数、検査陽性者数、重症者数、死亡者数、実効再生産数(1人の感染者が平均何人感染させているかを推計した数値)等だけでなく、北海道から沖縄まで各都道府県の数字をすぐに確認できる。コロナの数字を提供しているサイトは他にもありますが、見やすさナンバーワンです。なのに、これをタダで利用できるなんて、尋常じゃありません」

筆者もそうだ。本誌の2020年10月号に「沖縄『コロナ炎上地帯』の悲鳴」というルポを書いた。その時も沖縄県の検査人数や陽性者数の確認に使ったのがこのサイトだった。いちいち厚生労働省の公表資料に当たらなくても済むのは本当にありがたい。

このページを事実上一人で更新し続けているのが、「データ・ジャーナリスト」の荻原和樹(おぎわらかずき)だ。データ・ジャーナリズムとは、政府や企業が公表しているデータを分析・可視化(ビジュアル化)することによって、新たな事実や問題を発見する調査報道の手法のことで、昨今、世界的に注目が高まっている。20年11月現在33歳の荻原は、東洋経済オンライン編集部に所属し、データ分析・データビジュアルを担当している。

集団感染を起した豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号が横浜に停泊し、国内での感染が明らかになり始めた20年2月27日にサイトが開設され、それから休日も含めほぼ毎日、データ更新が続けられている。荻原は言う。

「当初は正確な数字を把握するのに時間がかかり、データの更新だけで2~3時間かかっていました。今は厚労省の報道発表資料のどこをどう見ればいいか理解しているので、更新作業は30分もかかりません」

とはいえ、この地道な作業を途切れさせていないことに、ただただ頭が下がるばかりだ。

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荻原氏(データ・ジャーナリスト/東洋経済オンライン編集部)

膨大なデータを一目で理解させる

どうしてこのサイトが生まれたのだろうか。

「新型コロナの国内での感染状況が一目でわかるサイトを作れないかと荻原に持ちかけたのがきっかけです」

そう話すのは、荻原の上司である、東洋経済オンラインの武政秀明編集部長(当時・編集長)だ。

「それまでに荻原は、東京の温暖化や高校球児の投げ過ぎなどが一目でわかるデータビジュアルを作って、記事を書いていました。面白いものを作るなと思っていたのですが、当時、いろんなコロナの情報が毎日飛び交っている状態だったので、それらをまとめて、一目でわかるようなものを作ってみないかと、荻原に打診してみたんです」

たとえば、荻原が書いた「東京の夏が『昔より断然暑い』決定的な裏づけ 過去140年の日別平均気温をビジュアル化」(2018年7月21日)の記事は、6月1日から9月30日までの平均気温を青(低い)から赤(高い)まで8段階の正方形の色で示し、それを1876年から2018年まで縦軸に並べたビジュアルに基づいている。それを見れば年々赤い色が増えている、つまり暑くなっていることが、一目で分かるようになっている。

そう書くと簡単だが、そのビジュアルには122日×143年=1万7446日の平均気温のデータが取り込まれている。それを正確に表示させるプログラム作成の手間を考えるだけでも、このビジュアルを完成させるのに、相当の時間がかかったことがうかがえる。見る方は一瞬で理解できたとしても、その裏には、想像以上の労力が隠されているのだ。武政部長が話す。

「新型コロナのサイトも、当初、荻原は『どうすればいいんだ?』と悩んでいました。ところが、簡単なイメージしか伝えていなかったのに、完成版を見て『すごいものを作ったな』と感心しました。これまで彼の仕事ぶりを見てきたので期待はしていましたが、反響も含め、それを遥かに超えていました」

金に換えられない価値をもたらす

その言葉通り、荻原が作ったサイトは、瞬く間に多くの読者を獲得した。武政部長によると、現在の1日平均のPV(ページビュー=1ページ当たりの閲覧数)は約10万、ピーク時は40万で、1月に1000万近くに達したという。

「一つのコンテンツで月に1000万近くもPVが伸びることはなかなかありません。しかも、通常のヒット記事は数ページある上での数字ですが、あのサイトは1ページでPVを稼いでいますから、すごいことなんです。テレビやツイッターなどいろんなところで引用されて、今でも問い合わせがひっきりなしにあります。『こんなデータを入れてほしい』という要望や、『ここの数字が間違ってないか』という指摘、激励や感謝のメールなども含め、山のように届いていました」

ただし、このサイトには広告はついてない。つまり、東洋経済新報社はこれで利益を上げていないのだ。どうしてなのか。武政部長が続ける。

「社内で相談をしたのですが、新型コロナの正確な情報を知っていただくことが大事なので、あのサイトで広告を取るのはやめようということになりました。広告を載せたらそれなりに収益が上がったと思うのですが、目先の利益を追うよりも、東洋経済という会社を認知してもらったり、信頼してもらえるようにしたほうがいいと考えたんです」

その思惑どおり、このサイトは金に換えられない価値を生み続けている。10月、荻原は2020年度のグッドデザイン賞を受賞。同月6日には社内で半年に一度出される社長賞も受賞した。社内だけでなく社外からも高く評価されるサイトに成長したのだ。

データ事業は「農耕民族の仕事」

ここに至るまで、彼自身はどのように成長してきたのだろう。

荻原は1987(昭和62)年、神奈川県川崎市に生まれた。

「レゴブロックやテレビゲームが好きな子どもでした。親からは『勉強しなさい』とうるさく言われた記憶はありません。小中学校時代は塾にも行かず、学校か部活かゲームという生活でした。格闘ゲームは得意じゃなくて、『ファイナルファンタジー』のような、頭を使うロールプレイングゲームをよくやっていました」

第2志望だった川崎市内の県立高校に進学。部活から帰ると相変わらずゲームに熱中する生活だったが、学校での成績はよく、推薦で茨城県の筑波大学第二学群人間学類に進学した。

「文学サークルに入って、カズオ・イシグロや村上春樹をよく読んでいました。筑波大学は陸の孤島のようなところで、居酒屋が近くにないので学生宿舎や下宿での家飲みが多いんです。都心の大学のように終電もありませんから、先輩の家で読書会をやって、夜を徹して飲んでは語り合っていました」

学業では、惨事ストレスや対人関係を専門とする松井豊教授(現・名誉教授)のもとで、社会心理学を専攻した。

「恋愛のような主観的な感情を定量化して、統計で示す手法が面白いと思いました。友人や彼女といるときに、急に教授や上司が現れると気まずいですよね。ある知人と会っている場面で、急に異なる関係の知人が現れると、人はどうふるまうのか、質問紙(アンケート)調査をして分析し、卒論にしました。その経験からデータを扱う仕事をしたいと思って、マーケティングの会社やシンクタンクを受けたんです」

東洋経済新報社を受けたのも、その流れだったという。データ事業局のデータ編集開発という仕事の募集があり、面白そうだと感じたと荻原は話す。

「3回面接があったのですが、面接官から『この仕事は地味ですけど、大丈夫ですか?』と何度も聞かれました。入社してからも上司に、『記者は狩猟民族の仕事だけど、我々は農耕民族の仕事だ』と言われたのを覚えています」

データ事業局で最初に携わったのが、企業の財務、大株主、有価証券、決算短信などの情報をまとめて、証券会社、大学等の研究機関に提供する仕事だった。だが、荻原にとっては、面接で言われたような地味で単純な仕事では決してなかったという。

「会計基準が変わるなど制度変更があるたびにデータをインプットするプログラムを変えたり、過去のデータと整合性を図ったりするなど工夫が必要な仕事で、充実感もありました。ただ、価値がありそうなデータを分析も活用もせずにいるだけではもったいないな、と思うようになったんです」

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英国留学を志す

そんなとき、朝日新聞社が主催した「データジャーナリズム・ハッカソン」に参加したことが、荻原の方向性を決める契機となった。

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