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2022年9月号|三人の卓子 「文藝春秋」読者の感想文

文藝春秋digital

「どちらでもいい」の怖さ

安倍元総理の国葬が世論を二分している。正確には、「二分しているような報道」がある。SNSでは賛成よりも反対の声が多いように感じる。

増上寺での葬儀までは野党も元総理の突然の死を悼み功績を称えていたが、「秋に国葬」との話が出てから、モリ・カケ・サクラを引き合いに「税金で国葬を行うなどけしからん」とする声が出てきて大きくなった。報道ではバランスをとって賛成する声も紹介しているが、多くの人は正直なところ、自分の利益にも不利益にもならないとして「どうでもいい」と思っているのではないだろうか。

この一例からも、この国にとって重要な行事を巡る話が「どうでもいい」ものに落ちていくという方程式こそ、まさに社会民主主義の調整弁となり左翼を排除しているのではないかと感じる。

「左翼」という言葉は近い将来、流行語の変遷のように埋もれていくのではないか。8月号に掲載された池上彰さんと佐藤優さんの対談『日本左翼100年の総括』は、そんな日本を憂えているように思えた。

すでに「どちらでもいい」と考える人がこの国の大勢を占めている。そのような人々は政治に関心がないのではない。自分に関係するかしないかを基準に、「今はどちらでもいい」と構えていることが賢い選択だと思っている。

この姿勢があきらめなのか自信過剰なのかすら判断のつかない私たちがこの国の未来を背負っている。対談を読み、ぞっとしたり、ほっとしたりしているのは自分だけなのか、それすらわからなくなっている。(小久保重孝)

平和を考える

このたびのロシアによるウクライナ侵攻で多くの人々の目が覚めたと思います。私は迷っています。憲法9条を本当に改正していいものかどうか。

これまでの日本は、現行憲法である程度平和にやって来られたのでしょう。でも、時代は変わったのかもしれません。憲法改正なくして平和は守れない世の中になってしまったのでしょうか。

私は昭和50年代の生まれで、戦争を知りません。とはいえ、シベリア抑留の経験を話すおじいさんや腕のないおばあさんが近所に住んでいました。小学生くらいまでは、戦争を語る人が身近にいる生活を送っていたように思います。当時から、平和憲法や非核3原則の重要性について教えられてきました。戦争を知る最後の世代であるみなさん、あなた方のご意見をお聞かせください。

時代は変わったから憲法についても再検討しなければならないというのであれば、それも正解なのでしょう。変えるべきではないという方も多くいらっしゃると思います。

平成、令和生まれの人々にとっては、戦争は私よりさらに遠いものかもしれません。今、きちんと向き合い、議論しなければ手遅れになる。多くの人の犠牲のうえに成り立っているいまの平和が当たり前でないことを、もう1度考えなければならないのではないでしょうか。(熊川沙織)

左翼的な気分

8月号の樋田毅氏による寄稿『「左翼的な気分」は何処ヘ』を読みました。懐かしくもありましたが、少し複雑な感慨にも浸っています。私自身も、樋田氏が入学された翌年の1973年に早稲田大学法学部に入学、「左翼」の政治集団には加わらず「左翼的な気分」の学生でした。

「川口君虐殺事件」は一般学生がセクトの内ゲバに巻き込まれた事件であり、学内では反革マルの気運で盛り上がったものの、鉄パイプやバールなどの登場で、その暴力性にうんざりしてしまいました。「左翼的な気分」の私は社会主義憲法などの科目をとり、主体思想(チュチェ思想)を学んだりしましたが、後に北朝鮮がわが国の一般市民を拉致したならず者国家だと判明し、愕然としたものです。

連合赤軍の大量殺人事件も衝撃でした。あの頃の大学生は左翼全盛時代で、大まかにいえば、ソ連・中国・北朝鮮を礼賛、ベトナム戦争をする米国を非難していました。それが今や中国・ロシア・北朝鮮は脅威の国家になっています。半世紀が経っただけで真逆の考えになっている。情報の氾濫する中で、自分の頭で考え、正しい(?)情報を取捨選択することの難しさを痛感します。

記事のなかでは、さまざまな立場に立った人々の言葉が登場しますが、「自分を正しいという者をこそ、最も警戒せよ」、「自由を保障する民主主義が1番大事」、そして「寛容な心」を持つこと。深く共感した次第です。(寺本孝治)

美しい人、格好いい人

中学時代、学校行事としてしょっちゅう映画鑑賞会があった。もちろん、学校には上映する施設がないので近くの映画館を借り切っての鑑賞。授業は無くなるし、好きな映画は見られるしというのでその日は朝からわくわく、午後が来るのが待ち遠しかった。

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