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面子と忖度|藤原正彦「古風堂々」

文・藤原正彦(作家・数学者)

東京五輪の組織委員長である森元首相が、「女性のたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる。一人の女性が発言すると次々に発言する。女性の話は長い」という趣旨のことを言った。早速海外メディアに取り上げられ「女性差別」と非難された。これを受けて我が国では、「日本がジェンダー後進国ととられる」とまずメディアが騒ぎ立て、国民がヒステリーを起こし、ついには人民裁判のごとき形で森氏を辞任に追いこんだ。

1980年代の中頃、スタンフォード大学の教授夫妻が拙宅を訪れた。夕食をとりながら、私が「女房はアメリカ生まれのせいか私に十分に奉仕しない」とジョークを言った。と、教授は少し笑ってから表情を引き締め、「そのジョークはアメリカではPCにひっかかるよ」と言った。「PC?」「マサヒコがアメリカにいた10年前はなかったが、今や性や肌の色などいかなる差別的表現であろうと、公でやったらアウトだよ」。それから40年、これは今や人権などと同じく時代の常識となった。私の知る森氏はユーモアに富んだ善人だが、「女子供は黙っていろ」の世代の人でもある。ここ40年の変化から取り残されていたようだ。

私には発言が騒ぎ立てるほどの女性蔑視とは思えないが、中味は間違っている。女性の数と会議の長さは無関係だ。私は女子大に33年間在職した女性の専門家である。大学では数百の会議に出席したが、会議の長さは主に議長の人柄によった。人格者として尊敬されていた男性教授が議長をした時は、いつも会議が延々と続いた。一人一人の意見を十二分に尊重したから結論を出せなかったのである。ある学部長はまだマシで、皆の意見をよく聞いてから、「それでは十分に御意見を伺いましたのでこうしましょう」と、最初からの自分の案を通した。不思議なことに、この学部長は誰にも恨まれなかった。多くの人は自分の意見を十分に聞いてもらえばそれで満足のようだった。会議が最も短かかったのは私が議長の時だった。会議が長引きそうになると、「問題が生じたら全責任は私が負います」と言って自分の意見を結論とした。ただし恨まれた。

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