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徳本栄一郎著「田中清玄」 「変節」は裏切りだったのか 評者・中島岳志

「変節」は裏切りだったのか

田中清玄は、若き日に日本共産党の中央委員長を務め、戦後は右翼の黒幕として活躍した。時に「変節漢」「政商」「利権屋」と揶揄されながら、政治の裏舞台で活躍し続けた人生は、いかなるものだったのか。

1927年に東京帝国大学に入学した田中は、左派学生の思想運動団体・新人会を経て、非合法化されていた共産党に入党する。彼は汗と油にまみれながら重労働に従事することで、労働者から信頼を獲得し、共産党のオルグを成功させていった。古参の共産党員が次々に逮捕される中、田中は組織再建の中核を担い、23歳の若さで「武装共産党」時代の中央委員長に就いた。

1930年、田中は治安維持法違反で逮捕され、獄中で激しい拷問を受ける。しかし、頑として口を割らず、思想信条を変えることもなかった。そんな彼に衝撃の現実が突きつけられる。それは、女手一つで彼を育てた母・アイの自殺だった。

母は「私を裏切ったお前のために死ぬ」と遺書に書いた。この言葉が、田中に突き刺さった。自分は「自分のために死ねる」と言っている。しかし、母は自分を裏切った者のために、黙って死んだ。自分の死生観は一種の英雄主義であるが、母の死は絶対愛に基づいている。田中は、自分を捨てるという愛の本質に出会い、マルクス主義という「抽象的観念」からの「転向」を表明するに至った。

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