時代を切り拓く“異能”の人びとの物語 令和の開拓者たち最終回【西野亮廣】芸人・絵本作家|石戸諭
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時代を切り拓く“異能”の人びとの物語 令和の開拓者たち最終回【西野亮廣】芸人・絵本作家|石戸諭

テレビからネットに軸足を移し、本気で「ディズニー超え」を目指す。/文・石戸諭(ノンフィクションライター)

一挙手一投足がインターネットを騒がせる

庶民的な歓楽街というイメージが強かった東京・五反田界隈は、今やすっかり様変わりした。駅周辺には、成長を夢見るITベンチャーも集い、あらたな活気に満ちている。その一角に、『映画 えんとつ町のプペル』の世界に登場するような木目を基調としたコワーキングスペース(共有作業スペース)がある。

片手にダイエットコーラ、ヨウジヤマモトの黒のロングカーディガンに、代名詞の袴パンツをまとった西野亮廣(41)は、椅子に座りマネージャーの田村有樹子と談笑していた。

「きょうは長い1日やな~」

体を伸ばしながら、少しだけ声を張り上げる。夜になった私のインタビューの後は、「キングコング」として梶原雄太とともにYouTube番組収録、その後はすぐさま出版社へ移動して新刊絵本のサイン入れ。日程は詰まっていたが、そこに悲壮感や弱音というものは感じさせなかった。彼にとって「長い1日」はこの日だけではないだろうし、なにより活動そのものは順調に見えた。

みずからが制作した絵本を原作として、製作総指揮を担当したアニメ『映画 えんとつ町のプペル』(2020年公開)は、20億円という興行収入だけでなく、海外の映画祭への招待、日本アカデミー賞優秀賞など、2020年代の幕開けを告げる作品に成長しつつある。

手がけた絵本の発行部数は累計100万部超。ビジネス書はいずれもベストセラーとなっている。ネットを通じて西野の非公開情報に触れられる、月額980円のオンラインサロン「西野亮廣エンタメ研究所」の会員は6万人を超える。この間、所属する吉本興業をやめたというニュースが世間を騒がせたが、いまのところ活動への影響はなさそうだ。

カリスマという言葉を、人々を惹きつける個人の資質と解釈するのならば、現在の西野に相応しい。彼の一挙手一投足は常にインターネットを騒がせ、熱烈な支援者―それは、しばしば「信者」と揶揄される―とアンチを同時に巻き込んでの論争が起きる。

西野亮廣氏

西野氏

「やりがい搾取」なのか

彼の支援者からは、かなりの熱量で「西野さんは天才」と声があがる。だが西野は、教えなくてもできる、というタイプではない。彼に才能があるとすれば、目標を定め、そのためにあらゆる努力を惜しまないという類のものだ。努力は裏切らないと「信じ抜いて」いるし、目標は小学生のころから変わらず「誰よりも、おもしろい人になりたい」を貫いている。

アンチはしばしば西野を、「ペテン師」あるいは「詐欺師」という言葉で評する。絵本でも映画でもヒットしたという事実は、「信者を動員したからだ」という安直な答えで埋め合わせされる。

西野の主催するイベントで、お金を払って「権利」を買うことでボランティアスタッフとして参加できるという手法が注目された。アンチは、これを「やりがい搾取」であるという。「ディズニーを超える」といった西野の発言は妄言に過ぎず、「信者」からお金を集めるためのホラ話だと批判されている。

西野本人は、しばしばお金について語るが、お金は彼にとっては手段であり、現金を手元に残すことへの執着はないという。

「会社から僕に入るお金の額を聞いたら驚きますよ。すごく少ないから」と笑う。有料ボランティアへの批判にしても、「バーベキュー場でお金を払って楽しむのと原理は同じ」と意に介さない。

批判には関心がないという。少年漫画の主人公のように、ディズニーなどを巨大なライバルだと純粋に捉えており、エンタメの世界で倒したいと本気で思っているからだ。

スタジオジブリの『崖の上のポニョ』(2008年公開)を観た後のことだ。一緒に行った構成作家と食事をしていた西野は、思い詰めたような表情でこう切り出した。

「宮崎駿、めっちゃおもろいなぁ」

「そうですね。良い映画でしたね」

普通はここで食事に戻る。だが、西野は食事もそこそこに切り上げ、「あかん、やっぱりネタ書くわ。俺も負けてられへん」と立ち上がり、自宅の作業部屋にこもった。

子供のような純真さと、成果を収めていても満たされない渇望――それは、奇妙なまでの敗北感と言い換えられる――が、同じ人間の中に、同じ量だけ、しかも同時に存在している。純粋さと渇望が交わる一点において生まれるエネルギーで、彼は駆動しているようにも見えるのだ。

なぜ西野のエンタメは人格も含めて語られ、評価が二分されるのか。解き明かす鍵は、彼の考える「おもろい」への固執、そして「自叙伝」と語る『プペル』の中にある。

プペル_イメージ

映画「えんとつ町のプぺル」ポスター

コンビ「キングコング」結成

吉本興業が創立した養成所「吉本総合芸能学院」、通称NSC。その大阪22期でもっとも傑出した才能は「キングコング」であるというのが大方の意見である。1999年から始まった芸歴は、さながら現代の夢物語と呼べるようなものだった。

NSCで出会った西野と梶原雄太は、当初、別々のコンビで活動していた。あるオーディションで、2組はそろって敗れ、2人とも組んでいたコンビを解散した。共通の敗北経験が2人を接近させていく。

西野のブログに、コンビ結成のエピソードが記されていた。梶原が西野の育った兵庫県川西市まで遊びに来たとき、西野は地元の夜景を見せるためバイクに乗せて、高台へ連れて行った。眼下に広がる都市の夜景を見ながら西野が口を開く。

《何気なく「あれだけの人を笑わせようと思ったら、大変やな」と僕が言ったら、「俺達ならできるよ」と返ってきた。》(2020年4月16日)

結成から半年もたたないうちに、若手の登竜門、NHK上方漫才コンテスト(2000年)で最優秀賞を受賞した。在学生が受賞したのは、1期生のダウンタウンですら成し遂げられなかった、NSC始まって以来の快挙である。

その後も関西のテレビ局が主催する「ABCお笑い新人グランプリ」や「上方お笑い大賞」でいずれも最優秀新人賞を受賞する。明るく、言葉をぎゅっと詰め込み、密度とスピード、畳みかけるようなテンポで勝負する漫才で、新世代を象徴する存在へと駆け上がっていった。

それでも当初、西野の才能に気づく者は少なかった。プロの芸人たちも多くはキングコングをリードしているのは、舞台上でボケを連発する梶原だと「勘違い」していた。だがネタを書いていたのは西野だった。

西野が業界で「師」と慕う数少ない芸人、ロザン・菅広文の述懐――「僕も最初は、カジ(梶原)が主導権を握っていると思っていたんです。でも、何回かカジと話しているうちに、これは違うなと思いました。あそこまで計算したネタが書けるようなタイプではないんです。そこで西野のところに行ったんです。『ネタ書いてるやろ。ロザンでも漫才やろうと思ってんねんけど、書き方教えてや』と言いました。西野は驚いていました。理由は2つ。1つは年下の後輩に教えを乞うたこと。2つ目は、ついにバレたかという驚きですね」

フジテレビでレギュラー獲得

人気を決定づけたのは、2001年にある番組のレギュラーに抜擢されたことだ。後にゼロ年代を代表するバラエティ番組へと成長したフジテレビ「はねるのトびら」である。

若手芸人による事実上のオーディションを勝ち抜き、大阪・新世界のボロアパート503号室でネタを書いていた青年は、あっという間に東京でスターになった。

番組の進行役を任され、スケジュールの合間に漫才を作り、睡眠時間を削った。西野は努力ができた。しかし梶原には限界が近づいていた。人気絶頂期だった2003年、梶原は突然、失踪。3日後、カラオケ店で見つかったとき、梶原はすべてに怯えきっていた。そしてキングコングの活動休止が決まった。

当時の西野を支えたのも菅だった。ロザンの仕事が終わる場所と時間を伝え、西野がやってくる。毎日のように酒を酌み交わしながら、吐き出される言葉を受け止めた。

「最初はカジへの怒りばかりでした。話しているうちに西野も気づくことがあったんちゃうかな。段々と怒りは収まっていきました」(菅)

休止期間中に、西野はテレビをかじりつくように観て、徹底的に分析していた。デビュー以来、初めて味わう「何もない時間」は、研究に費やされた。これも西野の基本的なスタンスだ。

「西野さんは、オタク気質です。何事も自分で徹底的に調べないと気が済まないし、すべてを吸収しようとする」というのはマネージャー、田村の見解である。漫才でも当時の流行を分析し、良いものを取り入れ、無いものを探す。西野のなかで要素を組み合わせ、吐き出すことでキングコングの漫才はオリジナリティを獲得していく。膨大なインプットは、いつも次へのステップとなった。

やがて回復した梶原が復帰を希望し、2人の活動は再開された。

2005年、「はねるのトびら」がゴールデンに進出し、西野は25歳にして、子どもの時からの夢でもあった、「フジテレビのゴールデンで活躍」という夢を叶えることになった。しかし、一つの夢が叶うということは、一つの目標を喪失することでもある。テレビの世界で成功し、視聴率が取れる番組の中心にいた西野も「FNS27時間テレビ」のような大型番組では、ひな壇の後方へ座ることになった。

西野亮廣氏2

ひな壇から見えた「距離」

そこから見えたのは、MCを務める大物芸人たちが、テレビ局の幹部たちと親しげに会話を交わす姿だった。彼らはお互いの駆け出し時代を知っている。中心に行くために必要なのは、「今」の結果以上に、スタッフと付き合ってきた時間だと悟る。最初から勝負はついていた。

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