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志ん朝・談志・小三治に浸る 広瀬和生
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志ん朝・談志・小三治に浸る 広瀬和生

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“小三治の死”でひとつの時代が終わった——。筆者が目撃した落語三名人「衝撃の高座」。/文・広瀬和生(音楽雑誌「BURRN!」編集長・落語評論家)

「古典落語」の以前と以降

昨年10月7日、柳家小三治が亡くなった。享年81。5代目柳家小さん、3代目桂米朝に続き落語家として3人目の人間国宝に認定された名人の死は、マスコミでも大きく取り上げられた。

現代落語界はベテランから若手まで多士済々、多くの優れた演者たちがシーンを盛り上げており、小三治が亡くなっても落語の灯が消えることはない。コロナ禍によるダメージはあるにせよ、活況は続くだろう。ただ、これでひとつの時代が終わったのは間違いない。

1970年代から落語を聴き始めた僕にとって、「自分の世代の名人」は古今亭志ん朝、立川談志、柳家小三治の3人だった。

落語の長い歴史は2つに分けられる。「古典落語」という言葉が生まれて以降と、それ以前だ。江戸から明治、大正と受け継がれた落語という芸能は、戦前までは各時代の演者たちが少しずつアップデート/リニューアルするだけでそれぞれの時代における「現代の観客」の共感を得られたが、戦後の高度経済成長時代に突入すると、日本人の生活様式は劇的に変化して、昔ながらの落語が時代錯誤に思えてきた。

そんな中で、古き良き落語の伝統を守ろうと有識者たちが持ち出したのが、「古典落語」という造語だ。古めかしさを「古典」として称揚することで、落語は黄金時代を迎えた。

この、戦後の落語黄金時代の立役者が、8代目桂文楽、5代目古今亭志ん生、6代目三遊亭圓生、5代目柳家小さんといった「昭和の名人」たちだった。彼らの落語は江戸以来の伝統の集大成であり、現代へと続く「古典落語」の原点だった。

「とんでもないものを見た」

だが、落語史的に大きな意味を持つのは「昭和の名人」の弟子の世代に古今亭志ん朝、立川談志、柳家小三治といった逸材が出現したことだ。「昭和の名人」の演目を次の時代に相応しいものへと進化させた志ん朝、談志、小三治の活躍こそが現代落語界の隆盛を生んだ。

僕は今、毎日のように落語の高座に接している。そんな日常の原点にあるのは志ん朝だ。自分の時代に志ん朝という名人がいたからこそ、落語にどっぷりと嵌まった。

そんな僕に強烈な衝撃を与えたのが談志だった。1982年12月の独演会で談志が演じた『富久』『芝浜』の2席は、それまで追いかけていた志ん朝の華麗な高座とは別次元の、魂を揺さぶるような落語だった。「何かとんでもないものを見てしまった」というこの日の衝撃が、僕を「談志追っかけ」にさせた。

ただ、単純に「ナマで聴いた回数」だけで言えば小三治が1番多いだろう。5代目小さんが現役バリバリの頃から、僕は「小三治のほうが小さんよりずっと面白くて好きだ」と言い続けてきた。僕にとって、志ん朝の高座を観るのは、海外の大物アーティストの来日公演にも似た高揚感溢れる「スペシャルなイベント」であり、談志の会に足を運ぶのは、「きょうは何が起こるのか」という緊張に満ちた「一期一会の真剣勝負」だった。そこへいくと小三治は、もっと気軽で親しみのある「素敵な日常」だ。小三治という魅力的な人に会いに行き、楽しい「おはなし」を聴かせてもらう。まさに落語の原点ではないだろうか。

「昭和の名人」からバトンを受け取り、「平成の名人」として落語界に大きな足跡を残した志ん朝・談志・小三治。だが志ん朝は2001年に63歳の若さで亡くなり、談志は2011年に75歳で逝去。残った小三治も2021年に亡くなった。「ひとつの時代が終わった」というのは、そういう意味である。

「いいときに死んだよ」

1965年、当時29歳の立川談志は初めての著書『現代落語論』を出版した。その中で談志は、テレビが娯楽の王様になった時代に生きる落語家の苦悩を語り、「落語が『能』と同じ道をたどりそうなのは、たしかである」と結んでいる。

だが当の談志はその予言を自ら覆すべく、「伝統を現代に」をモットーに闘い続けた。「現代を語らなければ大衆には受け入れられない」と確信しながら、自身は古き良き落語の美学をこよなく愛しているという矛盾を抱えていたのが、立川談志という落語家だった。「普通にやってりゃ上手いのに」という批判をものともせず、談志は「俺は作品派じゃない、高座で己を晒す“己派”だ」と主張した。「昭和の名人」の落語の美学とは逸脱した部分で演目を独自にリニューアルする姿勢が保守派の落語通には嫌われたが、談志の落語は最後まで進化し続け、ファンはその進化を見逃すまいと、談志の高座を追いかけた。

その談志が「作品派」の筆頭として挙げたのが志ん朝だ。高座では「志ん朝なんぞと俺はモノが違う」という言い方をすることもあったが、実際には志ん朝を高く評価し、「もしも金を払って聴きに行くとしたら志ん朝しかいない」と公言していた。

2001年10月1日に志ん朝が肝臓ガンで亡くなったとき、仕事でNHKに来ていた談志はコメントを求められ、「いいときに死んだよ。良かったよ」と語っている。

当時、談志は翌年から順次刊行される『立川談志遺言大全集』(全14巻)の執筆に取り組んでいた。その第14巻の第1部「狂気と破滅と芸の道」の中に「志ん朝へ」と題する章がある。ここで談志は現代の作品派の最高峰としての志ん朝の課題について触れ、「“病気になった”と聞いた。病床でゆっくりと楽しむべきだ、とアドバイスまで」と締めくくった後、段落を変えて「と書いたら、志ん朝が死んだ」と続けた。

ここで談志は、NHKでのコメントの真意を説明している。志ん朝の華麗な芸が肉体の老いと共に衰えていくのは見たくない。肉体の衰えを精神で補うことができたかもしれない、という仮定の話をしたところで、死んだ者が生き返るわけではない。「惜しい」と言ったところで、もう落語はれないのだから、「これで充分だよ、良かったよ」と言ってあげたほうが、当人は安心できるのではないか。だから「いいときに死んだよ」とコメントしたのだと言う。

「志ん朝へ」で談志は「落語の本道をやって私を反省させてくれるのは志ん朝だけだと思っていた」「ああいう噺家が、もっといたら落語界は談志の御託を許さなかったかも知れない」と書き、「綺麗な芸を残して見事に死んだ。結構でしたよ」と志ん朝を讃えている。

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立川談志

志ん朝の『火焔太鼓』に涙

志ん朝は落語家として、究極の理想形だった。「談志は嫌いだ」と言う落語ファンは珍しくなかったが、「志ん朝は嫌いだ」と言う落語ファンは1人もいなかったと断言してもいい。華麗な語り口はあくまで心地好く、高座に志ん朝が現われただけでパッと明るくなるような、天性のオーラがあった。上手くて面白い古典落語で万人に愛された、誰もが認めるミスター落語。談志は晩年の著書『談志 最後の落語論』(2009年)でこう書いている。

「テレビを見ていたら、現在いまの芸人と昔の芸人の録画とをミックスして構成している番組をやっていた。見たのは途中からであったが、昔の録画に“その頃の芸人”が大勢出ていた。みんな“上手く”演っている。けど、面白くない。最後に志ん朝が出た。助かった。『火焔太鼓』を演っている。涙が出てきた。志ん朝、助かったよ、これが落語なんだ。これがちゃんとした落語なんだ。私が演ってきた落語とは違う。けど、これが落語というものなのだ。志ん朝の明るさ、綺麗さ、落語のテンポ、文句ない。これは何度も書いたことだが、もう一度書く。もし、この談志が金を払って落語を聴かなければならないとしたら、志ん朝しかいない」

その志ん朝が63歳の若さで亡くなったことは、落語界にとって大事件だった。とりわけ、志ん朝が所属していた落語協会には「もうこれで終わりだ」という絶望感すら漂ったという。普段は落語を取り上げないマスコミも、こぞって大きく報じ、「これで江戸落語の灯は消えた」という論調も目立った。

それに対して「冗談言うな、まだ俺がいるじゃねえか!」と俄然ファイトを剥き出しにしたのが談志だ。それまでの数年間、落語よりもマスコミでの活躍が目立っていたが、ライバルの死を境に落語の比重が高まった。「覚醒した」と言ってもいい。志ん朝逝去から1ヵ月後の独演会の高座で談志は「志ん朝の分まで頑張るか」と発言している。以降、談志は伝説の名演を連発した。例えば2004年の町田での『居残り佐平次』。この高座では談志の意志を超越して佐平次という男が勝手に大活躍、談志が噺の途中で思わず「こいつ凄いね」と呟くほどだった。

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古今亭志ん朝

究極の『芝浜』

そして2007年12月の『芝浜』。全編アドリブで披露したこの1席こそ、まさに神がかった名演だった。これを観るために今まで僕は談志を追いかけてきた……そう思えるほどの感動。21世紀に入ってからどんどん進化して、既に究極の『芝浜』を作り上げてしまったかに思えた談志が、この噺をさらに新たな次元にまで引き上げたのだった。

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