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兼近大樹 本を書くために芸人になった

文・兼近大樹(お笑い芸人)

吉本興業所属の「EXIT」というコンビでチャラ男かつイケメンキャラで舞台に立ったり、テレビに出させてもらったりしています。芸人になって9年目の昨年10月、『むき出し』という小説を上梓しました。

小学生の時は図書館の本を全部破こうかと思うくらい、読書が嫌いでした。

全く本を読まずに育ちましたが、20歳になった時に又吉直樹さんの『第2図書係補佐』という本を読んで、衝撃を受けたんです。それまでは人と表面的な付き合いをしてきて、内面に目を向けたことがなかった。自分だけが考えていると思っていたことが文字になって書かれていて、驚き、目が覚めました。

そこから又吉さんがお勧めしている本や、聞いたことのあるタイトル、作家名を頼りに片っ端から本を読むようになり、全く違う人生が始まった。それで自分の考えてきたこと、生きてきた道を伝えたい、本を書きたい、そのためにまず又吉さんのように芸人になろう、と決めました。

最初はエッセイとして自分の人生を書きたいと思っていましたが、結果的に出来上がったものは、自分とは違う主人公がいる小説になりました。

自分が生きるなかで理解できていなかったこと、理解してもらえなかったこと、うまくいかない人生の背景にあるもの、それがもたらす分断について、暴力、貧困について。それらを伝えるためには、創作した方が伝えられるものがずっと大きいことに気がついたんです。

『むき出し』は芸人になった主人公・石山が過去を回想する構成になっています。石山はきつい家庭環境で育ち、誰にも理解してもらえない鬱屈を抱えている。「なんで自分だけが」という疑問を持ったまま、唯一続けていた野球も止め、中学校を出た後に夜の世界で働き出します。

そこでは弱い存在を守るためと思ってやっていたことが、法律的には問題があったりして壁に突き当たる。その時、自分を変える大きな出来事に出会い、上京しようと決意する。どういう変化があったのかは読んでいただきたいのですが、書く上ではいろいろ苦労しました。子供の目線がなかなか思い出せなくて、公園に行って子供を観察したこともありました。自分だったら絶対に言わないような台詞や心境を書くのは恥ずかしかった。

ただ、過去のエピソードの中には、芸人になった今の自分らしき人が顔を出す仕掛けもあるので、自分が芸人をやっていることも利用しながら書きました。

実は文章を書くこと自体、ほぼ小学校で作文を書いて以来だったので、最初は句読点の打ち方すら危うかったんです。でも書いていくうちにだんだん書き方を掴んでいき、最後は芸人の仕事をセーブして一気に書き進めました。時間がなくて辛かったですが、30歳までには芸人としても芽が出て本を出したいと思っていたので、その目標が叶ってとても嬉しい。本の帯の推薦文を又吉さんにいただけたことも感無量です。

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